Fujisawa Net Museum

資料一覧

尾関(おぜき)トヨ
明治(めいじ)()

明治(めいじ)中期(ちゅうき)(つく)られた木版(もくはん)銅板(どうばん)併用(へいよう)して(つく)られた双六(すごろく)です。内容(ないよう)としては、日本国内(にほんこくない)世界(せかい)名所(めいしょ)(めぐ)る「()双六(すごろく)」となっています。(すべ)てのマスに名所(めいしょ)簡単(かんたん)紹介(しょうかい)(ぶん)()かれています。明治(めいじ)(ねん)(1871)に落成(らくせい)した新橋(しんばし)停車場(ていしゃじょう)()()しとして(えが)かれており、マスには「新橋(しんばし)停車(ていしゃ)(じょう)汽車(きしゃ)(ごう)()()()」と題名(だいめい)があります。()のマスには国内外(こくないがい)名所(めいしょ)主要(しゅよう)都市(とし)(めい)横浜(よこはま)、ニューヨーク、サンクト・ペテルブルグ(とう))が()かれています。()がりのマスには明治天皇(めいじてんのう)一家(いっか)(えが)かれ、その右上(みぎうえ)のマスには()(しま)登場(とうじょう)します。

()(ちゅう)(せん)(ほそ)さから、主版(しゅばん)銅板(どうばん)使(つか)われ、(いろ)(ばん)木版(もくはん)()られたと(おも)われます。発行者(はっこうしゃ)尾関(おぜき)トヨは東京(とうきょう)日本橋(にほんばし)地本(じもと)問屋(とんや)(いとな)みながら、銅版(どうはん)画家(がか)としても活躍(かつやく)しました。

万国(ばんこく)名所(めいしょ)寿語禄(すごろく)

大阪(おおさか)船着(ふなつ)()大坂(おおさか)八軒(はちけん)()())」を()()し、江戸(えど)(のぼ)りとする道中双六(どうちゅうすごろく)です。東海道(とうかいどう)(かく)宿(やど)名所(めいしょ)名物(めいぶつ)所縁(しょえん)のある歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)浪速(なにわ)尾張(おわり)活躍(かつやく)していた狂歌(きょうか)()詩歌(しか)(かく)マスに挿入(そうにゅう)されています。刊行(かんこう)情報(じょうほう)によると、この双六(すごろく)はお正月(しょうがつ)販売(はんばい)するために(あらた)めて()られたもので、心斎橋(しんさいばし)住所(じゅうしょ)()版元(はんもと)(よし)(いく)依頼(いらい)したものだと(おも)われます。

藤沢(ふじさわ)のマスは歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)十一代目守田勘彌(じゅういちだいめもりたかんや)の「()病気(びょうき)のわざか 時々(ときどき)(やす)みも 藤沢(ふじさわ)(てら)(くるま)とどめる」という狂歌(きょうか)(しる)されています。藤沢(ふじさわ)(てら)遊行寺(ゆぎょうじ)のことで、遊行寺(ゆぎょうじ)ゆかりの伝説(でんせつ)(じょう)人物(じんぶつ)小栗判官(おぐりはんがん)」が病気(びょうき)のため土車(どしゃ)()せられて熊野(くまの)()かうストーリーを連想(れんそう)させます。

東海道(とうかいどう)宿々(しゅくしゅく)名所(めいしょ)名物(めいぶつ)(よせ)俳優(はいゆう)芸道(げいどう)細見図(さいけんず)

仮名垣魯文(かながきろぶん) (さく) 歌川国政(うたがわくにまさ) ()
明治12年(めいじじゅうにねん)(1879)
(だい)18(だい)アメリカ大統領(だいとうりょう)ユリシーズ・S・グラントの幼少(ようしょう)から明治12年(めいじじゅうにねん)日本(にっぽん)来訪(らいほう)までが集約(しゅうやく)されたものです。(だい)(さん)(へん)では、インドや中国(ちゅうごく)(めぐ)り、最終目的地(さいしゅうもくてきち)である日本(にっぽん)までの旅路(たびじ)とともに、来訪(らいほう)()開催(かいさい)されたさまざまな行事(ぎょうじ)様子(ようす)紹介(しょうかい)されています。
明治(めいじ)には西洋人(せいようじん)題材(だいざい)とした物語(ものがたり)(おお)出版(しゅっぱん)されました。その内容(ないよう)は、偉人(いじん)伝記(でんき)とともに文化(ぶんか)地理(ちり)政治(せいじ)歴史(れきし)といった幅広(はばひろ)要素(ようそ)()()まれたものでした。「格蘭氏伝倭文賞(ぐらんどしでんやまとぶんしょう)」もそのひとつで、幕末(ばくまつ)から明治(めいじ)初期(しょき)活躍(かつやく)した戯作者(げさくしゃ)仮名垣(かながき)魯文(ろぶん)によって()かれました。

格蘭氏伝倭文賞(ぐらんどしでんやまとぶんしょう)



Page Top