ふりがな
江の島の歴史
江の島歴史年表
江の島散策マップ
江の島の文化財
江の島を訪れた人々
資料種類しりょうしゅるい(大分類だいぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(中分類ちゅうぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(小分類しょうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(大分類だいぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(中分類ちゅうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(小分類しょうぶんるい):
作者さくしゃ(50音分類おんぶんるい):
作者さくしゃ:
フリーワード:
作者不詳(さくしゃふしょう) 日本橋(にほんばし)を振(ふ)り出(だ)しに江(え)の島(しま)までの道中(どうちゅう)風俗(ふうぞく)を、37コマの双六(すごろく)にして歌(うた)を詠(よ)み込(こ)んだもの。「本芝(ほんしば)(品川区(しながわく))」「御林丁(おはやしちょう)(品川区(しながわく))」「川崎(かわさき) 川中島(かわなかじま)」「青木(あおき)(神奈川宿(かながわしゅく))」「実入丁(みいりちょう)」に「宿(しゅく) 」の印(しるし)が付(つ)いています。この作品(さくひん)の寄稿者(きこうしゃ)に画家(がか)の南瞑(なんめい)などがみられ、『江(え)の島(しま)詣(もう)で浜(はま)のさざ波(なみ)』(作者(さくしゃ)・平亭銀鶏(へいていぎんけい) 天保(てんぽう) 10 年(ねん):1839年(ねん)作(さく))にも書画(しょが)を寄(よ)せている人物(じんぶつ)が重(かさ)なり、江戸後期(えどこうき)の作(さく)と思(おも)われます。
江(え)のしま須(す)ご六(ろく)
三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ) 政田屋(まさだや) 版(ばん) 明治(めいじ)3年(ねん)(1870) 文明開化(ぶんめいかいか)の象徴(しょうちょう)である「蒸気(じょうき)(機関(きかん))車(しゃ)」や「人力車(じんりきしゃ)」など、26種類(しゅるい)の多様(たよう)な「車(くるま)」が、振(ふ)り出(だ)しの「大砲車(たいほうしゃ)」から、上(あ)がりの「御所車(ごしょぐるま)」まで並(なら)べられた、廻(まわ)り双六(すごろく)です。 肩車(かたぐるま)や銭車(ぜにぐるま)など、「車(くるま)」でないものもありますが、そこはご愛敬(あいきょう)です。
流行(りゅうこう)車尽(くるまづく)し廻(まわり)双禄(すごろく)
園原屋正助(そのはらやしょうすけ)版(ばん) 文久(ぶんきゅう)2年(ねん)(1862年(ねん)) 日本橋(にほんばし)を振(ふ)り出(だ)し、京都(きょうと)を上(あ)がりとする道中双六(どうちゅうすごろく)。保土ヶ谷(ほどがや)・戸塚(とつか)間(かん)からの金沢道(かなざわみち)や、四(よ)ツ谷(や)からの大山道(おおやまみち)、富士川(ふじかわ)の先(さき)の身延(みのぶ)道(みち)、掛川(かけがわ)からの秋葉(あきは)道(みち)など、多(おお)くの脇道(わきみち)が書(か)き込(こ)まれています。 金沢道(かなざわみち)は、のうけんどう(能見堂(のうけんどう))・金沢(かなざわ)(八景(はっけい))・明神(みょうじん)(瀬戸神社(せとじんじゃ))・光明寺(こうみょうじ)・鶴ヶ岡(つるがおか)・大仏(だいぶつ)・由井(ゆい)ヶ(が)浜(はま)・七里(しちり)ヶ(が)浜(はま)・江乃島(えのしま)・藤沢(ふじさわ)と続(つづ)き、四(よ)ツ谷(や)のマスからの大山道(おおやまみち)は、まへふとう(前不動(まえふどう))・大山(おおやま)石尊(せきそん)大権現(だいごんげん)から道了宮(どうりょうぐう) (道了尊(どうりょうそん)、大雄山(だいゆうざん)最乗寺(さいじょうじ))を経(へ)て小田原(おだわら)に至(いた)る道(みち)が記(しる)されています。
当年(とうねん)新板(しんばん)東海道(とうかいどう)名所(めいしょ)案内(あんない)双陸(すごろく)
二代(にだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重宣(しげのぶ)) 安政(あんせい)3年(ねん)(1856) 初代(しょだい)広重(ひろしげ)の「六十余州名所図会(ろくじゅうよしゅうめいしょずえ)」の図(ず)を引用(いんよう)した双六(すごろく)です。元(もと)の図(ず)が大判(おおばん)錦絵(にしきえ)であるため、細(こま)かい部分(ぶぶん)は省略(しょうりゃく)されていますが、一(いち)画面(がめん)の中(なか)での構図(こうず)は元(もと)の図(ず)に忠実(ちゅうじつ)なものとなっています。
大日本(だいにっぽん)六十余州(ろくじゅうよしゅう) 名所(めいしょ)一覧(いちらん)振分(ふりわけ)双六(すごろく)
慶応(けいおう)元年(がんねん)(1865年(ねん)) 末広(すえひろ)(扇子(せんす))をマスに見立(みた)てた五十三次(ごじゅうさんつぎ)の道中双六(どうちゅうすごろく)です。右下(みぎした)の振(ふ)り出(だ)し・日本橋(にほんばし)の「東雲(しののめ)の景(けい)」から始(はじ)まって、すべて行列(ぎょうれつ)が描(えが)きこまれていますが、中央(ちゅうおう)の上(あ)がりの京(きょう)では、公家(くげ)装束(しょうぞく)の人物(じんぶつ)が三方(さんぽう)に乗(の)せたお墨付(すみつ)き(文(ぶん))をかしこまる武士(ぶし)に与(あた)えている画(え)で、徳川将軍(とくがわしょうぐん)家茂(いえもち)の上洛(じょうらく)、参内(さんだい)(宮中(きゅうちゅう)への参上(さんじょう))の絵(え)であることをほのめかしています。 藤沢宿(ふじさわしゅく)には、名所(めいしょ)であった「南湖(なんご)のまつ原(はら)」が描(えが)かれています。南湖(なんこ)は現在(げんざい)、茅ヶ崎(ちがさき)市域(しいき)になりますが、当時(とうじ)は藤沢宿(ふじさわしゅく)の延長(えんちょう)としてとらえられ、浮世絵(うきよえ)などには藤沢宿(ふじさわしゅく)の風景(ふうけい)の定番(ていばん)のひとつでした。
東海道(とうかいどう)末広(すえひろ)五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所(めいしょ)双六(すごろく)
作者(さくしゃ)、制作(せいさく)年代(ねんだい)不詳(ふしょう) 表題(ひょうだい)は表紙(ひょうし)に墨書(ぼくしょ)されている名称(めいしょう)で、行幸(ぎょうこう)(天皇(てんのう)や上皇(じょうこう)の外出(がいしゅつ)のこと)を指(さ)し、外出(がいしゅつ)に際(さい)し、たどるであろう道筋(みちすじ)を仮定(かてい)したものと思(おも)われます。東海道(とうかいどう)を題材(だいざい)にしていますが、単色(たんしょく)刷(ず)りで古(ふる)い形態(けいたい)のものと思(おも)われ、京都(きょうと)から先(さき)の大坂(おおさか)までの京街道(きょうかいどう)の宿々(しゅくじゅく)や宿(しゅく)の間(あいだ)の観光(かんこう)スポットも含(ふく)んだ、100を超(こ)えるマス(地名(ちめい))が記載(きさい)されています。 「ふりはじめ」(振(ふ)り出(だ)し)は大坂(おおさか)で、草津宿(くさつしゅく)から東海道(とうかいどう)と中山道(なかせんどう)に分(わ)かれ、途中(とちゅう)、伊勢(いせ)や江(え)の島(しま)・鎌倉(かまくら)などの観光(かんこう)スポットを回遊(かいゆう)しながら江戸(えど)に至(いた)るものです。 サイコロは通常(つうじょう)の1~6の目(め)ではなく、五(ご)・十(じゅう)・三(さん)・つ・き・■の六(ろく)面(めん)を用(もち)いていていたようで、 五(ご) やく(役(やく))あるは、しるし有(あり) 印(しるし)なきは、かず(数(かず))の通行(つうこう) 十(じゅう) 右(みぎ)同断(どうだん) 三(さん) 右(みぎ)同断(どうだん) つ やく有(あり)は、しるしあり 印(しるし)なきは、一(ひと)ツ行(いく) き やく有(あり)は、印(しるし)あり 印(しるし)なきは、二(ふた)ツ行(いく) ■ 此(この)(この)目(め)にても、一度(いちど)ツヽ やすみ(休(やす)み) と図(ず)中(ちゅう)に解説(かいせつ)があります。 藤沢宿(ふじさわしゅく)からは砂州(さす)をかたどった道(みち)が「江(え)のしま」に伸(の)び、さらに、大(おお)ほとけ(大仏(だいぶつ))、ゆきの下(した)(雪ノ下(ゆきのした))、ゆいがはま(由比ヶ浜(ゆいがはま))、かまくら(鎌倉(かまくら))、つるがおか(鶴岡(つるがおか))、くわうめうじ(光明寺(こうみょうじ))、かなさは(金沢(かなざわ))、よくみ山(やま)(能見台(のうけんだい))を経(へ)て神奈川宿(かながわしゅく)に至(いた)るルートが記(しる)されています。
題名不詳(だいめいふしょう)(五十三(ごじゅうさん)つき双六(すごろく))(みゆき双六(すごろく))
丸屋久四郎(まるやきゅうしろう)版(ばん) 制作(せいさく)年代(ねんだい)不詳(ふしょう) 「い」-池(いけ)がみ(本門寺(ほんもんじ))、「ろ」-六(ろく)あみだ(阿弥陀(あみだ))、「は」-白山権現(はくさんごんげん)というように、いろはで始(はじ)まる寺社(じしゃ)仏閣(ぶっかく)の名所(めいしょ)を詠(よ)み込(こ)んだ絵(え)双六(すごろく)で、「え」は江(え)の島(しま)が描(えが)かれています。画(え)の中央(ちゅうおう)、上下(じょうげ)には歌舞伎(かぶき)『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』の「南禅寺(なんぜんじ)山門(さんもん)の場(ば)」の石川五右衛門(いしかわごえもん)(上(うえ))と、真柴(ましば)久吉(ひさよし)(実(じつ)は豊臣秀吉(とよとみひでよし))が描(えが)かれています。
いろは譬(たとえ)神仏(しんぶつ)名所(めいしょ)寿語六(すごろく)
作者不詳(さくしゃふしょう) 天保(てんぽう)14年(ねん)‐弘化(こうか)4年(ねん)(1843-47) 江戸時代(えどじだい)の四季(しき)の行事(ぎょうじ)や風物(ふうぶつ)を主題(しゅだい)とした双六(すごろく)で、サイコロの目(め)によって様々(さまざま)なコマへ飛(と)び移(うつ)る「飛(と)び双六(すごろく)」です。画面(がめん)下(した)の振(ふ)り出(だ)しで、サイコロを振(ふ)り、1は恵方参(えほうまいり)、2は福引(ふくびき)、3は初(はつ)卯(う)(正月(しょうがつ)最初(さいしょ)の卯(う)の日(ひ)の神社(じんじゃ)詣(もうで))、4は梅見(うめみ)、5は初午(はつうま)(二月(にがつ)最初(さいしょ)の午(うま)の日(ひ)の稲荷社(いなりしゃ)の祭(まつり))、6は隅田川(すみだがわ)(行楽(こうらく))に進(すす)み、最後(さいご)に画面(がめん)上(じょう)の「初春(しょしゅん)」まで行(い)けば、あがりとなります。 振(ふ)り出(だ)しの左上(ひだりうえ)には「江(え)の嶋(しま)」のコマがあり、女性(じょせい)たちが初夏(しょか)の頃(ころ)に江の島(えのしま)へ向(む)かう様子(ようす)が描(えが)かれています。江の島(えのしま)詣(もうで)が江戸時代(えどじだい)の四季(しき)の風物(ふうぶつ)の一(ひと)つとして浸透(しんとう)していたことが分(わ)かる資料(しりょう)となっています。
四季(しき)楽(たの)しみ双六(すごろく)