モチつきウスはなぜ残った?
いつでも買うことができ、一つずつビニール袋に入れられていて、食べたいときにすぐに食べることができるモチを、私たちは、特別な食品と考えているわけではありません。しかし今から30年前ごろまでは、幼稚園や学校、地域の行事などでモチつきをしたり、お正月の三が日はモチを中心の食事をするなど、まだモチが「特別な食品」であった時代がありました。
さて、ウスとキネはモチを作るためだけに使われてきた道具ですが、モチが「特別な食品」であったために、わざわざウスとキネによるモチつきを続けてきたとも言えるのです。モチつきはタイヘンだからフクロ入りの切り餅でまにあわせましょうか・・・とはならなかった理由がきっとあるのです。
現代では、あまり使われることがなくなったウスとキネですが、和菓子屋さんや餅屋さんでは、機械を使ってモチやダンゴを作っています。それらの機械にはモチやダンゴを作る方法に、ローラーや歯車で圧迫したりする方法と、動力でキネを打つ方法があり、「キネづき」のモチとうたっています。
臼ってなに?
今ではモチつきの道具として知られるウスとキネですが、もともとは「粉つくり」(こなひき)の道具として、ひとが食べ物を作るために重要な役目を負っていた道具です。
現代も使われている、モチつきのウスとキネは、今からおよそ300年前には使われ始めていたと考えられています。そのころ、しごとの目的に応じて、ウスとよばれる道具が、それぞれに分かれていったらしいのです。そのため、現代ではまったく異なる形をした道具が、同じ「ウス」という名前でよばれているのでしょう。それでは、ウスを使ってするしごとの目的とはなんでしょうか。
ヒキウス
ツキウス
キネ
ひとつは、コメやムギ(大麦・小麦)、ソバなどを取り入れた後、実のカラを取って食べられるようにするための「だっこく」作業、もうひとつはコメやムギ、ソバなどの「だっこく」をすませた後の実や、ダイズなどの豆を「こなにする」ための「せいふん(製粉)」作業、さらに、モチを作ったりするための「もちつき(調理?)」などの作業があります。
さて、ウスとよばれる道具には、おおきく二とおりの種類があります。ひとつは、キネという棒でついて、もちやだんごを作るためのもののなかまを「ツキウス」とよびます。もうひとつは、2個の平たい石などを上下に重ねて、石と石の間にコメやムギなどの実や豆を入れてこすり、こなを作る「ヒキウス」(「スリウス」ともいう)という道具があります。
さらにややこしいことに、ウスの材質によって「イシウス(石臼)」という呼び方がありますが、多くの場合は石臼はヒキウスであることが多いですが、ときにはツキウスもあります。
ここでモチつきウスのなかまを見てみましょう。直径60センチぐらいの丸太の小口を彫ってくぼめたものが、現代のモチつきウスです。キネは直径10センチ×長さ40センチぐらいの短い木の棒に1メートルぐらいの横棒が付けられています。これを「ヨコギネ」といいます。
また、100年前までは使われていたウスとキネのなかまには、「ニトバル(二斗ばる)」とよばれるだっこく(脱穀)用の大型のウスとヨコギネがあり、藤沢市でも麦の脱穀作業のために、むかしはさかんに使われていました。ニトバルで使われるキネは、とても大きくて重く、打ち付ける打撃面には刃(は)とよぶするどい縁が付けられています。
タテ臼(クビレ臼)
タテギネ
モチつきウスとニトバルのほかには、もっとむかしから使われてきた「タテウス(竪臼)」「タテギネ(竪杵)」があります。これはモチつきウスよりも小ぶりで、キネは棒のようです。「タテウス」は胴体がくびれていることから「クビレウス」という呼び名もあります。もっとも古くから(1000年いじょう昔から)使われてきたウスですが、もともとはコメやムギのつぶからコナを作るための道具として使われてきたものです。300年ぐらい昔からコナづくりのしごとを「ヒキウス」でするようになった後も、お祭りの食べ物づくりのためだけに使われ続けてきたため、農家では昭和の時代(やく40年前)までたいせつに保管していました。
回転式の臼について調べてみよう!
小麦粉や米粉など、農家で食べ物にする粉を自分の家で作らずに買ってくるようになったのは、ここ60年ほどのことです。ソバやダンゴをつくるためにウスとキネを使って「ついて」「コナ(粉)」を作るには、たいへんな労力と時間がかかりました。そのため、むかしから「ソバ」「ウドン」「ダンゴ」「モチ」は、お祝いやおまつり、お客人をもてなすための「ごちそう」とされてきたのです。
コメやアワ、ヒエ、キビなど皮を取ってつぶのまま調理して食べる「粒食(りゅうしょく)」に対して、コムギやソバなどコナにひいてから調理して食べる「粉食(ふんしょく)」という食べ方の習慣があります。
ソバやウドンなどは、現在では、どれも手軽な食べ物の代表のように思われていますが、そのように考えられる原因となったのは、ヒキウス(スリウス)が一般の家に普及してコナ作りが楽になったためでしょう。今から300年ほど前からそうなったと考えられています。コナづくりが楽になったために、食生活がそれまでとは大きく変わり、毎日の食事のこんだてにダンゴが多く登場するようになりました。
これは回転式の石臼です。右手前の木の部品が竹の帯(タガ)で固定してあります。木の部品には穴が開けられており、ここに棒をさしこんで「取っ手」にします。このようなヒキウスは、ほとんどが石で作られているので、ふつう「イシウス(石臼)」とよばれていますが、石製のツキウスもあるため、ここではヒキウスと呼んでおきます。多くのヒキウスが石で作られている理由は、コメやムギの実をすりつぶしてコナを作るために、石材の重量を押す力として利用するとともに、石材の硬さを擂る能力として利用するためです。
ヒキウスのしくみ
円柱状の2個の石はそれぞれ中心に穴を開けてあり、中心に心棒を入れて上下に重ねます。上の石を上ウス、下の石を下ウスと呼び、上下の石の合わさった面には、溝が切ってあります。上ウスの上面はくぼめてあって直径5センチほどの穴がすりあわせ面にまで通して開けられてあります。この穴を「モノクバリ」とよび、コメやムギの実やマメなどを入れていきます。
上ウスに付けられた取っ手をもって、左回し(アナログ時計の針の進む方向の逆まわし)にゆっくりと回してウスの合わせ目をすりあわせていきます。モノクバリから落ちていったコメやムギの実やマメは、すりあわせ面に掘られた溝にはさまってつぶれ、円柱の外側に出る頃には細かなコナになっています。ただし、取っ手を回すスピードやモノクバリから送り込む実やマメの量によっては、コナの細かさが変わってきますので、コツがいります。
石のヒキウスのすりあわせ面にきざまれた溝は、おおきく分けて二つのパターンがあることが知られています。ひとつは6個の区画に溝を切るものと、もうひとつは8個の区画に溝を切るものです。藤沢市内ではどちらも確認されていますが、いっぱんに東日本は6区画が多く、西日本には8区画が多いと言われています。これは、ヒキウスを作る技術を持った人々が別々の集団を作り活動した結果、東日本と西日本で偏りが生じたためと説明されています。また、石製のヒキウスの材料となる石材は、地元でとりやすいものを加工したようです。藤沢市内では、安定した安山岩を使用したものが多く見られますが、中にはタマネギの皮のように劣化してしまう石で作られたヒキウスも見受けられます。もともと石製のヒキウスは、ふつうの農家では手が出せないほど高価で、寺や有力者だけが所有したようです。コナをかんたんには手に入れられない時代が、長く続いていたことでしょう。そのような一面からは、江戸時代の年号が刻まれた石製のヒキウスが注目されます。
このようなヒキウスを使ってコナをひく技術は、日本には千年以上前に外国から伝えられたと考えられています。ヒキウスを左回しにつかうことは、その当時から伝えられてきたと考えられます。なぜなら、世界中で左回しが多数派となっているからです。ヒキウスを右回しで使う地域もないわけではありませんが、ごく限られています。とても古い起源を持つ石のヒキウスでコナをつくる文化は、パンを焼いて食べる文化の一部として世界中に伝えられたからとする説があります。
いろんな臼を見てみよう!
私たちの身のまわりから、姿を消してしまった石製のヒキウスですが、町の手打ちそば屋などでは、現代でもわざわざ使用している例もあります。
ここで藤沢市で収蔵しているさまざまな石製ヒキウスを見てみましょう。
とうふの原料(呉汁)を作るためのウス
ダイズと水をいっしょにすることで、
とうふの原料とするゴシル(呉汁)をつくることができます。
直径50センチほどの大型のウスです。
抹茶のコナを作るためのウス
チャウス(茶臼)とよばれるウスです。
客人をもてなすために主人が茶をひくことは、
最高のもてなしとされていました。
コネバチの中で使うことができるヒキウス
直径20センチ程度の小型のヒキウスで花崗岩などの白い石で作られていることが多いようです。
ウドンやダンゴを作るために少しだけコナが欲しいときには、
コネバチの中でコナをひき、ウスをどけてから材料づくりにすぐに取りかかれるのでべんりです。
もっと調べてみよう!
昔のひとのくらしを調べてみよう
さまざまなウスをはじめ、昔のひとの日常生活は、現代の私たちから見て驚くことばかりです。博物館や資料館に出かけて、調べてみることをおすすめします。
神奈川県立歴史博物館
昔のひとのくらしを体験してみよう
企画展や特別展ごとに様々なイベントが開催されています。また、ものづくりワークショップが開催されていたり、敷地の近くの公園で遺跡を直接見ることができます。