Fujisawa Net Museum

資料詳細

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資料名しりょうめい

金銅(こんどう)(そう)(たん)鳳環(ほうかん)(とう)大刀(たち)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 古墳(こふん)

解説かいせつ

平成(へいせい)26(ねん)(2014)10月1日(ついたち)指定(してい)昭和(しょうわ)51(ねん)(1976)に新林小学校(しんばやししょうがっこう)建設(けんせつ)にともなう片瀬丘陵(かたせきゅうりゅう)北端部(ほくたんぶ)削平(さくへい)にともない、14()横穴墓(よこあなぼ)発掘調査(はっくつちょうさ)がおこなわれました。その(さい)未開口(みかいこう)であった「右西斜面第(みぎにししゃめんだい)2号墓(ごうぼ)」より発見(はっけん)されました。刀身(とうしん)腐食(ふしょく)のため5つに分裂(ぶんれつ)していますが,その()金銅製装飾具(こんどうせいそうしょくぐ)良好(りょうこう)遺存(いそん)している装飾大刀(そうしょくたち)です。(さや)出土(しゅつど)しておらず,また分裂(ぶんれつ)した刀身(とうしん)同士(どうし)接合点(せつごうてん)がないため大刀(たち)正確(せいかく)全長(ぜんちょう)不明(ふめい)です。現在(げんざい)遺存(いそん)状況(じょうきょう)から90㎝前後(ぜんご)であったと(かんが)えられます。()装飾(そうしょく)金銅製(こんどうせい)であり,()()みによる蕨手(わらびて)文様(もんよう)(ほどこ)されています。柄頭(つかがしら)単独(たんどく)鳳凰(ほうおう)意匠(いしょう)(ほどこ)されていますが,(くち)(たま)(くわ)えていない(てん),冠毛(かんもう)(きざ)()による3本線(さんぼんせん)表現(ひょうげん)している(てん)などから,かなり退化(たいか)した意匠(いしょう)となっています。大刀(たち)年代(ねんだい)は6世紀末(せいきまつ)(かんが)えられますが,土器(どき)などその()副葬品(ふくそうひん)年代(ねんだい)は7世紀代(せいきだい)であることから,伝世(でんせい)された可能性(かのうせい)があります。この「右西斜面第2号墓(みぎにししゃめんだいにごうぼ)」の被葬者(ひそうしゃ)中央(ちゅうおう)から下賜(かし)をうけられる地域(ちいき)盟主(めいしゅ)であったことが推測(すいそく)されます。所有管理者(しょゆうかんりしゃ)藤沢市(ふじさわし)

サイズさいず

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) () ()指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)考古資料(こうこしりょう)

資料番号しりょうばんごう

90045

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