資料名 |
《東海名所改正道中記》矢作川 岡崎 |
作者 |
三代歌川廣重
三代歌川廣重天保13年~明治27年(1842~1894)。後藤氏、俗称安藤徳兵衛。父は深川の船大工。初代広重の門人で重政・一笑庵を名乗ります。慶応3年(1867)、広重の娘へ婿入りし二代広重を称しますが、実は三代目にあたります。画名は一立斎を称します。作画期は明治前期で、文明開化の文物を多く描いています。 |
解説 |
矢作橋是東海道上最長的橋樑,亦是著名景點。然而卻在幕末安政2年(1855年)的一場大洪水中被沖毀,直到明治4年(1871年)才架起便橋。 畫中所繪的應是這座便橋。橋上可見人力車與身穿西式服裝的人們穿梭往來。此外。亦可見在河邊洗衣的女子以及前來汲水的男子。 |
資料番号 |
10563 |