Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

浄土院(じょうどいん)筆子塚(ふでこづか)(ぐん)5基(ごき)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

平成(へいせい)4(ねん)(1992)2月1日(がつついたち)指定(してい)浄土院(じょうどいん)歴代住職(れきだいじゅうしょく)墓碑(ぼひ)は9()あり、その(うち)の5()筆子塚(ふでこづか)です。江戸時代(えどじだい)慣習(かんしゅう)として、(てら)住職(じゅうしょく)専住(せんじゅう)(まれ)転住(てんじゅう)()(かえ)し、当寺(とうじ)()くなった住職(じゅうしょく)のみが(ほうむ)られました。寛政(かんせい)9(ねん)(1797)に(ぼっ)した輪誉(りんよ)から25世勲誉(せいくんよ)までの約半世紀(やくはんせいき)、5(だい)にわたって寺子屋(てらこや)継続(けいぞく)されたのは(めずら)しいことです。筆子塚(ふでこづか)とは、江戸時代(えどじだい)寺子屋(てらこや)(まな)んだ幼童(ようどう)(筆子(ふでこ))が、()報恩(ほうおん)のために墓碑(ぼひ)()てて供養(くよう)したものです。寺子屋教育(てらこやきょういく)社会奉仕(しゃかいほうし)(ひと)つであると同時(どうじ)に、住職(じゅうしょく)生活費(せいかつひ)にあてる目的(もくてき)もあったようです。所在(しょざい)所管(しょかん)菖蒲沢(しょうぶさわ)浄土院(じょうどいん)

サイズさいず

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) () ()指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)史跡(しせき)

資料番号しりょうばんごう

90089

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