Fujisawa Net Museum

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張交図(はりまぜず)とは、1枚(いちまい)(なか)複数(ふくすう)箇所(かしょ)名所(めいしょ)風景(ふうけい)名産(めいさん)物語(ものがたり)(とう))を(なら)べたもので、広重(ひろしげ)東海道(とうかいどう)をはじめ、各地(かくち)張交作品(はりまぜさくひん)()がけています。
1枚目(いちまいめ)は、(上段(じょうだん)から)日本橋(にほんばし)(なつ)名物(めいぶつ)麦湯(むぎゆ)屋台(やたい))、品川(しながわ)大森(おおもり)(げん)大田区(おおたく)名物(めいぶつ)麦藁細工(むぎわらざいく)(まとい))、加奈川(かながわ)神奈川(かながわ)(みなと)風景(ふうけい))、保土ヶ谷(ほどがやしゅく)保土ヶ谷宿(ほどがやしゅく)(とめ)(おんな))、川崎(かわさき)大師河原(だいしがわら)名物(めいぶつ)(なし))。
2枚目(にまいめ)は、(右下(みぎした)から)戸塚(とつか)名物(めいぶつ)()(もち)」)、藤沢(ふじさわ)宿場(しゅくば)飯盛女(めしもりおんな))、 四谷(よつや)追分(おいわけ)四ツ谷(よつや)追分(おいわけ)人馬(にんば)()()()でもあったことを駕籠(かご)(うま)(あし)象徴(しょうちょう))、伊勢原(いせはら)大山麓(おおやまふもと)(まち))、大滝(おおたき)参詣者(さんけいしゃ)水垢離(みずごり)()であった大山(おおやま)(たき))。
3枚目(さんまいめ)は、(右下(みぎした)から)田村(たむら)四ツ谷(よつや)から大山(おおやま)()かう(さい)相模川(さがみがわ)(わた)())、子安(こやす)子安(こやす)木地細工(きじざいく))、大山前不動(おおやままえふどう)大山寺(たいさんじ)手前(てまえ)にある(どう))、石尊寺(せきそんじ)来迎谷(らいごうだに)富士山(ふじさん)()(しず)情景(じょうけい)阿弥陀如来(あみだにょらい)来迎(らいごう)(たと)えられていた)、良弁之滝(ろうべんのたき)良弁上人(りょうべんしょうにん)()(きよ)めたという伝承(でんしょう)がある)。
いずれも、大山詣(おおやままいり)(さそ)名所(めいしょ)名物(めいぶつ)数々(かずかず)(えが)かれています。

大山道(おおやまどう)中張(ちゅうはり)(まぜ)図会(ずえ)

箱根山麓(はこねさんろく)渓谷(けいこく)(えが)かれ、画面(がめん)(みぎ)より、明礬山(みょうばんやま)駒ケ嶽(こまがたけ)冠ケ嶽(かんむりがたけ)表記(ひょうき)されています。明礬山(みょうばんやま)現在(げんざい)神山付近(かみやまふきん)(やま)であったと(かんが)えられ、明礬山(みょうばんやま)から産出(さんしゅつ)された明礬(みょうばん)箱根土産(はこねみやげ)(ひと)つであったそうです。

本作(ほんさく)東海道(とうかいどう)名所(めいしょ)風景(ふうけい)に、当代諸家(とうだいしょか)発句集(ほっくしゅう)(はい)した絵俳書(えばいしょ)です。嘉永(かえい)4(ねん)(1851)に版元(はんもと)永楽屋丈助(えいらくやじょうすけ)より刊行(かんこう)された『東海道名所発句集(とうかいどうめいしょほっくしゅう)』の改題本(かいだいぼん)で、(もと)版本(はんぽん)として()()されたものが、江戸(えど)から伊豆(いず)にかけての風景(ふうけい)画帖(がじょう)形式(けいしき)再版(さいはん)されたものらしく、各図(かくず)独立(どくりつ)した一枚(いちまい)()として鑑賞(かんしょう)できるようになっています。本作(ほんさく)(えが)いた時期(じき)広重(ひろしげ)天童藩(てんどうはん)からの依頼(いらい)により多数(たすう)肉筆画(にくひつが)(えが)いており、自然(しぜん)奥行(おくゆ)きを(かん)じさせる構図(こうず)や、(あお)みがかった(あわ)色調(しきちょう)など、肉筆(にくひつ)直接(ちょくせつ)(ふで)(えが)いた作品(さくひん))の風景画(ふうけいが)(つう)じる表現(ひょうげん)()られます。

東海道(とうかいどう)名所(めいしょ) 箱根(はこね)高嶺(たかみね)

箱根(はこね)山並(やまな)みを背景(はいけい)に、芦ノ湖(あしのこ)風景(ふうけい)(えが)かれています。画面(がめん)(みぎ)()かれている「賽ノ河原(さいのかわら)」は、江戸時代(えどじだい)には地蔵信仰(じぞうしんこう)()として有名(ゆうめい)で、多数(たすう)石仏(せきぶつ)石塔(せきとう)湖畔(こはん)(なら)んでいたとされます。左下(ひだりした)()かれている「権現道(ごんげんどう)」は、箱根権現(はこねごんげん)(しょう)される箱根神社(はこねじんじゃ)(つづ)(みち)です。

本作(ほんさく)東海道(とうかいどう)名所(めいしょ)風景(ふうけい)に、当代諸家(とうだいしょか)発句集(ほっくしゅう)(はい)した絵俳書(えばいしょ)です。嘉永(かえい)4(ねん)(1851)に版元(はんもと)永楽屋丈助(えいらくやじょうすけ)より刊行(かんこう)された『東海道名所発句集(とうかいどうめいしょほっくしゅう)』の改題本(かいだいぼん)で、(もと)版本(はんぽん)として()()されたものが、江戸(えど)から伊豆(いず)にかけての風景(ふうけい)画帖(がじょう)形式(けいしき)再版(さいはん)されたものらしく、各図(かくず)独立(どくりつ)した一枚(いちまい)()として鑑賞(かんしょう)できるようになっています。本作(ほんさく)(えが)いた時期(じき)広重(ひろしげ)天童藩(てんどうはん)からの依頼(いらい)により多数(たすう)肉筆画(にくひつが)(えが)いており、自然(しぜん)奥行(おくゆ)きを(かん)じさせる構図(こうず)や、(あお)みがかった(あわ)色調(しきちょう)など、肉筆(にくひつ)直接(ちょくせつ)(ふで)(えが)いた作品(さくひん))の風景画(ふうけいが)(つう)じる表現(ひょうげん)()られます。

東海道(とうかいどう)名所(めいしょ) 箱根(はこね)湖水(こすい) 権現(ごんげん)(しゃ)

製作(せいさく)時期(じき):弘化(こうか)年間(ねんかん)(ごろ)(1843~1847)。
板元(はんもと):有田屋(ありだや)青右衛門(あおえもん)

このシリーズは(ぞく)板元(はんもと)(めい)から有田屋(ありだや)(ばん)東海道(とうかいどう)()ばれます。
広重(ひろしげ)小判(こばん)東海道(とうかいどう)はめずらしく、(よこ)判物(はんじもの)はそれぞれに工夫(くふう)をこらして(えが)いていますが、大方(おおかた)()かよった構図(こうず)になっていて、正面(しょうめん)(はし)東海道(とうかいどう)(とお)大鋸橋(だいぎりばし) ((げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))、(ひだり)()(しま)(いち)鳥居(とりい)(えが)かれています。
保永(やすなが)(どう)(ばん)(おな)じく(はし)(うえ)には御神酒(おみき)(わく)(大山(おおやま)から(みず)(さけ)()(かえ)るためのもの)を(かつ)いだ大山(おおやま)(もうで)一行(いっこう)が、鳥居(とりい)(した)には(つえ)をついた()(しま)(もうで)一行(いっこう)(えが)かれています。背景(はいけい)(やま)のように()えるのは遊行寺(ゆぎょうじ)です。

東海道七 五拾三次之内 藤沢(有田屋版)

東海道(とうかいどう)(なな) 五拾(ごじゅう)三次(さんつぎ)()(うち) 藤沢(ふじさわ)有田屋(ありだや)(ばん)



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