ふりがな
江の島の歴史
江の島歴史年表
江の島散策マップ
江の島の文化財
江の島を訪れた人々
資料種類しりょうしゅるい(大分類だいぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(中分類ちゅうぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(小分類しょうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(大分類だいぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(中分類ちゅうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(小分類しょうぶんるい):
作者さくしゃ(50音分類おんぶんるい):
作者さくしゃ:
フリーワード:
製作(せいさく)時期(じき):嘉永(かえい)4年(ねん)(1851)。 板元(はんもと)印(しるし)なし この作品(さくひん)は、折本(おりほん)の「東海道(とうかいどう)名所(めいしょ)画帖(がちょう)」(広重(ひろしげ)画(が)、1851年(ねん)(嘉永(かえい)4年(ねん))刊(かん)、全(ぜん)23図(ず))に掲載(けいさい)されている図(ず)の1枚(まい)です。 雪景色(ゆきげしき)が美(うつく)しい遊行寺(ゆぎょうじ)山門(さんもん)を描(えが)いた作品(さくひん)で、現在(げんざい)よりも急(きゅう)な参道(さんどう)の突(つ)き当(あ)たりには重厚(じゅうこう)な仁王門(におうもん)が描(えが)かれ、初代(しょだい)広重(ひろしげ)ならではの絶妙(ぜつみょう)の画面(がめん)構成(こうせい)といえます。 この門(もん)は江戸時代(えどじだい)に遊行寺(ゆぎょうじ)が発行(はっこう)した境内(けいだい)絵図(えず)にも描(えが)かれていますが、明治(めいじ)13年(ねん)(1880)年(ねん))の藤沢宿(ふじさわしゅく)の大火(たいか)で焼失(しょうしつ)しました。
東海道(とうかいどう)名所(めいしょ) 藤沢(ふじさわ) 遊行寺(ゆぎょうじ)
木版画(もくはんが)の彫師(ほりし)として制作活動(せいさくかつどう)を始(はじ)め、黒田清輝(くろだせいき)に師事(しじ)し、油彩画(ゆさいが)を習得(しゅうとく)している。大正末(たいしょうまつ)から欧米(おうべい)を旅(たび)し風景版画(ふうけいはんが)を多数(たすう)制作(せいさく)しています。同(おな)じく黒田門下(くろだもんか)の版画家(はんがか)ポール・()ジャクレー(Paul Jacoulet)の木版画(もくはんが)の彫(ほ)りを担当(たんとう)したこともあります。 遊行寺(ゆぎょうじ)では、現在(げんざい)でも遊行寺(ゆぎょうじ)の名物(めいぶつ)である大銀杏(おおいちょう)の紅葉(こうよう)が印象的(いんしょうてき)に描(えが)かれています。 日蓮(にちれん)ゆかりの龍口寺(りゅうこうじ)も、静謐(せいひつ)な境内(けいだい)を感(かん)じさせる黒瓦(くろがわら)の整然(せいぜん)とした姿(すがた)を見事(みごと)に描(えが)かれています。
藤沢山(とうたくさん) 遊行寺(ゆぎょうじ)
池田(いけだ)遙邨(ようそん)(いけだようそん)(1895-1988)は岡山県(おかやまけん)で生(う)まれ、はじめ大阪(おおさか)で洋画(ようが)を学(まな)び、のち日本画(にほんが)を竹内栖鳳(たけうちせいほう)(たけうちせいほう)に師事(しじ)しました。 種田山頭火(たねださんとうか)(たねださんとうか)に傾倒(けいとう)し、山頭火(さんとうか)の姿(すがた)で旅(たび)をして回(まわ)り、各地(かくち)の風景(ふうけい)をスケッチに残(のこ)しました。歌川広重(うたがわひろしげ)に影響(えいきょう)を受(う)け、徒歩(とほ)による東海道(とうかいどう)の写生(しゃせい)旅行(りょこう)を行(おこな)い、何度(なんど)となく東海道(とうかいどう)を題材(だいざい)にした作品(さくひん)を描(えが)いています。本作(ほんさく)もそういった作品(さくひん)の一(ひと)つであると思(おも)われます。
題名(だいめい)不詳(ふしょう)(遊行寺(ゆぎょうじ)図(ず))