Fujisawa Net Museum

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女性(じょせい)たちが蚕(かいこ)の糸(いと)を紡(つむ)いで絹(きぬ)を製造(せいぞう)する「養蚕(ようさん)(ようさん)」の仕事(しごと)に励(はげ)む様子(ようす)を描(えが)いた作品(さくひん)で、実際(じっさい)には一(いち)から十二(じゅうに)まであるシリーズ作品(さくひん)となっています。また、主(おも)に紫(むらさき)を色(いろ)版(ばん)に使用(しよう)した「紫(むらさき)絵(え)(むらさきえ)」と呼(よ)ばれる色調(しきちょう)の作品(さくひん)です。
この工程(こうてい)は「糸(いと)綿(わた)(いとわた)を撰(えら)(えら)み分(わ)(わ)くる図(ず)」となっており、繭(まゆ)から取(と)り出(だ)した糸(いと)を、その色(いろ)の白(しら)さや品質(ひんしつ)などに分(わ)ける作業(さぎょう)の様子(ようす)が描(えが)かれます。
寛政(かんせい)年間(ねんかん)に行(おこな)われた錦絵(にしきえ)出版(しゅっぱん)の取(と)り締(し)まりにも関連(かんれん)して、歌麿(うたまろ)はこの時期(じき)に働(はたら)く女性(じょせい)を題材(だいざい)とした作品(さくひん)を多(おお)く描(えが)いています。
(上部(じょうぶ)詞書(ことばがき)より)
「糸(いと)綿(わた)を択(えら)み分(わく)る図(ず) 簇(まゆはり) (まゆはり)より糸(いと)をおろし 色(いろ)白(しろ)くいさぎよきを細糸(ほそいと)のまゆとし 色(いろ)黒(くろ)きを粗(あら)糸乃(いとの)まゆとす 真綿(まわた)に引(ひい)ても上中(じょうちゅう)下(げ)をゑらみ分(わか)ち 形(かたち)を作(つく)りて束(たば)綿(わた)幾(いく)ばく把(わ)とするなり」

女(じょ)織(しょく)蚕(かいこ)手業(てわざ)草(ぐさ) 十(じゅう)

制作(せいさく)時期(じき):享和(きょうわ)年間(ねんかん)(1801~04)頃(ころ)。
板元(はんもと):鶴(つる)新(しん)

この作品(さくひん)は1月(がつ)から12月(がつ)までの12枚(まい)揃(そろい)で制作(せいさく)されたもののうちの1枚(まい)で、表題(ひょうだい)はすべて同(おな)じです。12枚(まい)全部(ぜんぶ)は確認(かくにん)されず、現在(げんざい)わかっているものは、「陬月(すうげつ)〔正月(しょうがつ)〕)の大神楽(おおかぐら)」「睦月(むつき)(むつき〔正月(しょうがつ)〕)の女郎買(じょろかい)」「皐月(さつき)(〔5月(がつ)〕)の肴(さかな)売(うり)」「水無月(みなづき)(〔6月(がつ)〕)の水(みず)売(うり)」「初秋(しょしゅう)の多満(たま)祭(さい)」「名月(めいげつ)の遊興(ゆうきょう)」「霜月(しもつき)(〔11月(がつ)〕)の神詣(かみもうで)」「玄英(げんえい) (冬(ふゆ)の別名(べつめい))の雑司(ぞうし)谷(がや)」の9点(てん)です。
この作品(さくひん)は商家(しょうか)の女房(にょうぼう)が伴(とも)の若者(わかもの)を連(つ)れて江(え)の島(しま)詣(もうで)に出(で)かける姿(すがた)を描(えが)いたもので、菅笠(すげがさ)をかぶり黒(くろ)襟(えり)のコートを着(き)て手甲(てっこう)をした女房(にょうぼう)と天秤(てんびん)で荷物(にもつ)を振(ふ)り分(わ)けて肩(かた)にかけた従者(じゅうしゃ)の姿(すがた)は、当時(とうじ)の近場(ちかば)の旅(たび)の典型(てんけい)的(てき)なスタイルです。この作品(さくひん)は他(た)に所有(しょゆう)されているところは少(すく)なく、多少(たしょう)補色(ほしょく)した部分(ぶぶん)が見(み)うけられますが、貴重(きちょう)な資料(しりょう)であるといえます。

喜多川歌麿 風流四季の遊 弥生の江之島詣

風流(ふりゅう)四季(しき)の遊(あそび) 弥生(やよい)の江之島(えのしま)詣(もうで)

「奈智(なち)瀧(たき)祈誓(ちかいの)文覚(もんがく)」は九代目(きゅうだいめ)市川(いちかわ)団十郎(だんじゅうろう)によって明治(めいじ)22年(ねん)(1889)6月(がつ)に中村座(なかむらざ)で上演(じょうえん)されました。誤(あやま)って同僚(どうりょう)の妻(つま)を殺(ころ)してしまった遠藤(えんどう)盛遠(もりとお)が出家(しゅっけ)し文覚(もんがく)となり、厳寒(げんかん)の那智(なち)の滝(たき)で荒行(あらぎょう)を行(おこな)っていると、矜羯羅(こんがら)童子(どうじ)と制(せい)多伽(たか)童子(どうじ)を従(したが)えた不動明王(ふどうみょうおう)が現(あらわ)れます。演目(えんもく)では、団十郎(だんじゅうろう)演(えん)じる文覚(もんがく)が那智(なち)の滝壺(たきつぼ)に飛(と)び込(こ)み、早替(はやがわ)りで不動明王(ふどうみょうおう)になるという演出(えんしゅつ)を行(おこな)いました。九代目(きゅうだいめ)団十郎(だんじゅうろう)も成田山(なりたさん)信仰(しんこう)を受(う)け継(つ)ぎ、不動明王(ふどうみょうおう)を演(えん)じる際(さい)は成田山(なりたさん)新勝寺(しんしょうじ)へ参詣(さんけい)し自筆(じひつ)の不動明王(ふどうみょうおう)像(ぞう)を寄進(きしん)(お寺(てら)や神社(じんじゃ)に物(もの)や金銭(きんせん)を寄付(きふ)すること)していました。

奈智(なち)瀧(のたき)祈誓(ちかいの)文覚(もんがく)



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