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『五拾(ごじゅう)三次(さんつぎ)景色(けしき)入(いり)女(おんな)画(え)』全(ぜん)作品(さくひん)を、まとめて販売(はんばい)した際(さい)に使(つか)った袋(ふくろ)の一部(いちぶ)と考(かんが)えられます。中央(ちゅうおう)に大(おお)きく題名(だいめい)が配(はい)され、その左(ひだり)には「香(こう)蝶(ちょう)楼(ろう)国貞(くにさだ)画(が)」とあります。この“香(こう)蝶(ちょう)楼(ろう)”とは国貞(くにさだ)の斎(さい)号(ごう)のひとつで、絵師(えし)の英一蝶(はなぶさいっちょう)に私淑(ししゅく)したことにより“蝶(ちょう)”の字(じ)を用(もち)いたとされています。
本作(ほんさく)は複数(ふくすう)の版元(はんもと)による共同出版(きょうどうしゅっぱん)の作品(さくひん)のため、「東都(とうと)(江戸(えど)のこと) 芝(しば)神明町(しんめいちょう)喜鶴(きかく)堂(どう)(版元(はんもと)の佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)馬喰町(ばくろちょう)二丁目(にちょうめ) 錦(きん)森堂(しんどう)(版元(はんもと)の森屋治兵衛(もりやじへえ)合板(ごうはん)」と記(しる)されています。
※合板(ごうはん)=共同出版(きょうどうしゅっぱん)のこと

五拾(ごじゅう)三次(さんつぎ)景色(けしき)入(いり)女(おんな)画(え) 袋(ふくろ)

鎌倉時代(かまくらじだい)、沼津(ぬまづ)宿(しゅく)と三島(みしま)宿(しゅく)の間(あいだ)に流(なが)れる黄瀬(きせ)川(かわ)に絡(から)めた亀鶴(かめつる)という遊女(ゆうじょ)を題材(だいざい)としています。傾城(けいせい)とは美人(びじん)や遊女(ゆうじょ)を表(あらわ)しています。実在(じつざい)する川(かわ)は「黄瀬(きせ)川(かわ)」の字(じ)ですが、歌舞伎(かぶき)演目(えんもく)『寿(ことぶき)曽我(そがの)対面(たいめん)』では「喜瀬川(きせがわ)」となっており、喜瀬川(きせがわ)亀鶴(きかく)という役名(やくめい)の遊女(ゆうじょ)が登場(とうじょう)し、この画(え)と関連付(かんれんづ)けられています。物語(ものがたり)では、亀鶴(きかく)は美(うつく)しく賢(かしこ)いと評判(ひょうばん)で、曽我(そが)兄弟(きょうだい)の父(ちち)の敵(かたき)である工藤祐経(くどうすけつね)の宴(うたげ)に招待(しょうたい)される立場(たちば)でした。また、背景(はいけい)に描(えが)かれた黄瀬(きせ)川(がわ)は亀鶴(きかく)が最期(さいご)に身(み)を投(な)げた場所(ばしょ)ともいわれています。似顔(にがお)で描(えが)かれた五代目(ごだいめ)瀬川菊之丞(せがわきくのじょう)は、この画(え)の刊行(かんこう)時(じ)には既(すで)に故人(こじん)であり、往年(おうねん)の名優(めいゆう)が描(えが)かれた作品(さくひん)となっています。

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)之(の)内(うち) 三嶋(みしま) 沼津(ぬまづ)間(かん) 喜瀬川(きせがわ) 喜瀬川(きせがわ)(五代目(ごだいめ)瀬川菊之丞(せがわきくのじょう))



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