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江の島の歴史
江の島歴史年表
江の島散策マップ
江の島の文化財
江の島を訪れた人々
資料種類しりょうしゅるい(大分類だいぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(中分類ちゅうぶんるい):
資料種類しりょうしゅるい(小分類しょうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(大分類だいぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(中分類ちゅうぶんるい):
時代じだいと場所ばしょ(小分類しょうぶんるい):
作者さくしゃ(50音分類おんぶんるい):
作者さくしゃ:
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制作(せいさく)時期(じき):天明(てんめい)年間(ねんかん)(1781~89)頃(ころ)。 板元(はんもと):岩戸屋喜三郎(いわとやきさぶろう) 重政(しげまさ)は北尾(きたお)派(は)の創始者(そうししゃ)で、役者絵(やくしゃえ)などを描(えが)き、安永(あんえい)・天明(てんめい)年間(ねんかん)(1772-89)に画(が)格(かく)の高(たか)い美人画(びじんが)を描(えが)きました。一(いち)枚(まい)絵(え)の錦絵(にしきえ)は少(すく)なく、版本(はんぽん)の挿絵(さしえ)などが多(おお)い絵師(えし)です。また風景画(ふうけいが)では遠近法(えんきんほう)を利用(りよう)した浮絵(うきえ)を手(て)がけています。この作品(さくひん)もまたその一(ひと)つで、高(たか)い視点(してん)から俯瞰(ふかん)的(てき)な構図(こうず)をとり、普通(ふつう)では視野(しや)に入(はい)り切(き)れない部分(ぶぶん)まで描(えが)いているために、海(うみ)が極端(きょくたん)に小(ちい)さくなり湖(みずうみ)を描(えが)いたような感(かん)を与(あた)えます。
浮絵(うきえ)江之島(えのしま)金亀(きんき)山(ざん)並(ならびに)七里ヶ浜(しちりがはま)鎌倉山(かまくらやま)之(の)図(ず)
「酒匂川(さかわがわ)かち渡(わたし)(徒(かち)渡(わた)し)」とあるように、酒匂川(さかわがわ)の渡(わた)しの場面(ばめん)が描(えが)かれています。 酒匂川(さかわがわ)は人足(にんそく)による徒(かち)渡(わた)しが行(おこな)われていました。徒(かち)渡(わた)しは、運(はこ)ぶ人足(にんそく)の数(かず)や乗(の)り物(もの)の種類(しゅるい)、川(かわ)の深(ふか)さで料金(りょうきん)が変(か)わりました。画(が)中(ちゅう)の女性(じょせい)が乗(の)っているのは平(ひら)輦台(れんだい)です。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ) 小田原(おだわら)
茶屋(ちゃや)の2階(にかい)から海(うみ)をながめる女性(じょせい)たちの姿(すがた)が描(えが)かれています。神奈川(かながわ)の台町(だいまち)(だいまち)の坂(さか)には、海(うみ)をのぞむ二階(にかい)造(づく)りの茶屋(ちゃや)が軒(のき)を連(つら)ねており、そこから見(み)る波打(なみう)ち際(ぎわ)の景色(けしき)は見事(みごと)であったそうです。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ) 神奈川(かながわ)
製作時期(せいさくじき):天保(てんぽう)10年頃(ねんごろ)(1839)。 板元(はんもと):佐野喜(さのきち)(佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)) 背景(はいけい)は広重(ひろしげ)の保永堂版東海道(ほえいどうばんとうかいどう)「藤沢(ふじさわ) 遊行寺(ゆぎょうじ)」を下敷(したじ)きにしています 。 女性(じょせい)の後(うし)ろにあるのは、大鋸橋(だいぎりばし)(現在(げんざい)の遊行寺橋(ゆぎょうじばし))と、かつてその際(きわ)にあった江の島(えのしま)一ノ鳥居(いちのとりい)で、女性(じょせい)の頭上(ずじょう)に山(やま)のように描(えが)かれているのが遊行寺(ゆぎょうじ)です。 大(おお)きな木太刀(きだち)と御神酒枠(おみきわく)を担(かつ)いだ大山詣(おおやままい)りの一行(いっこう)は、広重(ひろしげ)の作品(さくひん)では橋(はし)の上(うえ)にいますが、国貞(くにさだ)の図(ず)では鳥居(とりい)の前(まえ)まで来(き)ています。 手前(てまえ)の女性(じょせい)は旅立(たびだ)ちのため帯(おび)を締(し)めているところでしょうか。足元(あしもと)には煙草(たばこ)入(い)れ、風呂敷(ふろしき)包(つつ)み、菅笠(すげがさ)といった旅(たび)の道具(どうぐ)が置(お)かれています。 板元(はんもと)は佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)。 国貞(くにさだ)の「美人(びじん)東海道(とうかいどう)」の名(な)で親(した)しまれている本作(ほんさく)は、背景(はいけい)に東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)の宿場(しゅくば)の風景(ふうけい)が、手前(てまえ)には美人(びじん)が各地(かくち)に関連(かんれん)した風俗(ふうぞく)で描(えが)かれます。東海道(とうかいどう)の景色(けしき)が歌川広重(うたがわひろしげ)の代表作(だいひょうさく)「保永堂版東海道(ほえいどうばんとうかいどう)」を下敷(したじ)きにして描(えが)いている点(てん)が特徴(とくちょう)ですが、宮宿(みやしゅく)から京都(きょうと)まで(四日市(よっかいち)除(のぞ)く)は国貞(くにさだ)のオリジナルの絵柄(えがら)となっています。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)之(の)内(うち) 藤沢(ふじさわ)図(ず)
製作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)11年(ねん)頃(ごろ)(1840)。 板元(はんもと):佐野屋(さのや)喜兵衛(きへえ) このシリーズは図柄(ずがら)の中(なか)に狂歌(きょうか)が1首(しゅ)ずつ折(お)り込(こ)まれているために俗(ぞく)に「狂歌(きょうか)入(いり)東海道(とうかいどう)」と呼(よ)ばれています。 保永(ほえい)堂(どう)版(ばん)と反対(はんたい)に遊行寺(ゆぎょうじ)の側(がわ)から大鋸橋(だいぎりばし) (現(げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))と江(え)の島(しま)一ノ(いちの)鳥居(とりい)を描(えが)いたもので、背景(はいけい)にある山(やま)は大山(おおやま)です。 橋(はし)の上(うえ)の人物(じんぶつ)が担(かつ)いでいるのは御神酒(おみき)枠(わく)(大山(おおやま)から水(みず)や酒(さけ)を持(も)ち帰(かえ)るためのもの)で大山(おおやま)詣(もうで)を象徴(しょうちょう)しています。橋(はし)のたもとの高札場(こうさつば)など、宿場(しゅくば)の様子(ようす)も窺(うかが)えます。
東海道五拾三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ) 藤沢(ふじさわ)(狂歌(きょうか)入(いり)東海道(とうかいどう))
製作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)13年(ねん)(1842)。 板元(はんもと):江崎屋(えさきや)吉兵衛(きちべえ) このシリーズは表題(ひょうだい)の書体(しょたい)から俗(ぞく)に行書(ぎょうしょ)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれます。 画面(がめん)右(みぎ)に江(え)の島(しま)一(いち)ノ鳥居(とりい)、左(ひだり)に大鋸橋(だいぎりばし) (現(げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))を描(えが)いています。 大鋸(だいぎり)橋(ばし)を通(とお)っているのは東海道(とうかいどう)で、この鳥居(とりい)が東海道(とうかいどう)から江(え)の島道(しまみち)への入口(いりぐち)になっています。 橋(はし)の上(うえ)の人物(じんぶつ)が担(かつ)いでいるは御神酒(おみき)枠(わく)(大山(おおやま)から水(みず)や酒(さけ)を持(も)ち帰(かえ)るためのもの)で、一行(いっこう)が大山(おおやま)詣(もうで)の帰(かえ)りであることが分(わ)かります。
東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)之(の)内(うち) 藤沢(ふじさわ)(行書(ぎょうしょ)東海道(とうかいどう))
製作(せいさく)時期(じき):弘化(こうか)年間(ねんかん)頃(ごろ)(1843~1847)。 板元(はんもと):有田屋(ありだや)青右衛門(あおえもん) このシリーズは俗(ぞく)に板元(はんもと)名(めい)から有田屋(ありだや)版(ばん)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれます。 広重(ひろしげ)の小判(こばん)東海道(とうかいどう)はめずらしく、横(よこ)判物(はんじもの)はそれぞれに工夫(くふう)をこらして描(えが)いていますが、大方(おおかた)似(に)かよった構図(こうず)になっていて、正面(しょうめん)の橋(はし)が東海道(とうかいどう)の通(とお)る大鋸橋(だいぎりばし) (現(げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))、左(ひだり)に江(え)の島(しま)一(いち)ノ鳥居(とりい)が描(えが)かれています。 保永(やすなが)堂(どう)版(ばん)と同(おな)じく橋(はし)の上(うえ)には御神酒(おみき)枠(わく)(大山(おおやま)から水(みず)や酒(さけ)を持(も)ち帰(かえ)るためのもの)を担(かつ)いだ大山(おおやま)詣(もうで)の一行(いっこう)が、鳥居(とりい)の下(した)には杖(つえ)をついた江(え)の島(しま)詣(もうで)の一行(いっこう)が描(えが)かれています。背景(はいけい)に山(やま)のように見(み)えるのは遊行寺(ゆぎょうじ)です。
東海道(とうかいどう)七(なな) 五拾(ごじゅう)三次(さんつぎ)之(の)内(うち) 藤沢(ふじさわ)(有田屋(ありだや)版(ばん))
製作(せいさく)時期(じき):弘化(こうか)4年(ねん)(1847)~嘉永(かえい)5年(ねん)(1852)。板元(はんもと):丸屋清次郎(まるやせいじろう) このシリーズは表題(ひょうだい)の書体(しょたい)から俗(ぞく)に隷書(れいしょ)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれ、保永(ほえい)堂(どう)版(ばん)、行書(ぎょうしょ)版(ばん)と共(とも)に三(さん)大(だい)傑作(けっさく)シリーズの一(ひと)つです。藤沢宿(ふじさわしゅく)の夜(よる)の風景(ふうけい)で、右側(みぎがわ)にある鳥居(とりい)が江(え)の島(しま)一(いち)ノ鳥居(とりい)(江(え)の島道(しまみち)入口(いりぐち))、左手(ひだりて)にあるのが大鋸橋(だいぎりばし) (現(げん)遊行寺橋(ゆぎょうじばし))です。宿場(しゅくば)に着(つ)いた人々(ひとびと)と客引(きゃくひ)きをする宿(やど)の人々(ひとびと)の様子(ようす)が描(えが)かれ、にぎわいが感(かん)じられます。
東海道(とうかいどう)七(なな) 五十三次(ごじゅうさんつぎ) 藤沢(ふじさわ)(隷書(れいしょ)東海道(とうかいどう))