Fujisawa Net Museum

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制作(せいさく)時期(じき):不明(ふめい)落款(らっかん)なし

喜多川(きたがわ)歌政(かせい)(さく)(つた)えられます。紙本(しほん)著色(ちょしょく)六曲(ろっきょく)一隻(いっせき)屏風(びょうぶ)で、金地(きんじ)六曲(ろくきょく)屏風(びょうぶ)七里ガ浜(しちりがはま)から()()(しま)(えが)き、左方(さかた)には房総半島(ぼうそうはんとう)もかすかに()えます。
()(しま)とそれに()(えが)いて(つづ)七里ガ浜(しちりがはま)丘陵(きゅうりょう)は、南画(なんが)(ふう)描法(びょうほう)(かん)じられます。七里ガ浜(しちりがはま)()参詣(さんけい)(にん)男女(だんじょ)浮世絵(うきよえ)(ふう)、やや人物(じんぶつ)背景(はいけい)のバランスがくずれ、画面(がめん)(ひろ)さを十分(じゅうぶん)()かしきれないところがあります。

落款(らっかん)がなく、(でん)喜多川(きたがわ)歌政(かせい)となっていますが、初代(しょだい)歌政(かせい)作品(さくひん)というよりは二代(にだい)歌政(かせい)ではないかと(かんが)えられます。描法(びょうほう)などの比較(ひかく)研究(けんきゅう)必要(ひつよう)で、結論(けつろん)今後(こんご)研究(けんきゅう)(ゆだ)ねられます。

喜多川歌政 無題(七里ガ浜より見た江の島風景図)

題名(だいめい)不詳(ふしょう)七里ガ浜(しちりがはま)より()()(しま)風景(ふうけい)()

大判(おおばん)(よこ)1(まい) (たて)25.3 (よこ)36.3
制作(せいさく)時期(じき):文化(ぶんか)年間(ねんかん)(1804~18)(ころ)板元(はんもと):「○に(はま)(しるし)
女性(じょせい)(うし)()()どもがその(うし)()いている姿(すがた)(えが)かれています。このように、砂浜(すなはま)(うし)()いて(ある)くという構図(こうず)国芳(くによし)広重(ひろしげ)など、()絵師(えし)作品(さくひん)にも(おお)()られる典型(てんけい)(てき)なものです。実際(じっさい)にも、()(しま)周辺(しゅうへん)ではこうした風習(ふうしゅう)はあったようで、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)(さく)滑稽(こっけい)()()嶋家(しまいえ)土産(みやげ)』の(ついで)に「(うし)にひかれて善行寺(ぜんぎょうじ)ならぬ岩本院(いわもといん)にあゆみをはこぶものおほしとかや」とあり、また、七里ガ浜(しちりがはま)(うし)()きが()()けていたという場面(ばめん)()てきます。浮世絵(うきよえ)では、(うし)()(きゃく)女性(じょせい)(うし)()きは()どもの姿(すがた)(えが)かれていますが、実際(じっさい)には男性客(だんせいきゃく)()り、(うし)()きは大人(おとな)であったようです。

二代喜多川歌麿 江之島の風景

江之島(えのしま)風景(ふうけい)

作画(さくが)()(みじか)かった二代(ふたよ)歌川(うたがわ)豊国(とよくに)最高傑作(さいこうけっさく)()ばれる「名勝(めいしょう)八景(はっけい)」シリーズのひとつです。(あめ)表現(ひょうげん)特徴(とくちょう)(てき)で、背景(はいけい)大山(おおやま)のシルエットを分断(ぶんだん)することで、風雨(ふうう)(はげ)しさを(かん)じさせる(たく)みな構成(こうせい)です。よく()れば急峻(きゅうしゅん)(えが)かれた石段(いしだん)(のぼ)大山(おおやま)(まい)(まい)りの人物(じんぶつ)(えが)かれており、奉納(ほうのう)太刀(たち)(かつ)いでいる(ひと)()えます。
大山詣(おおやままい)り (げん)神奈川県伊勢原市(かながわけんいせはらし)大山(おおやま)(まつ)られる(せき)(せき)尊大(そんだい)(そんだい)権現(ごんげん)(ごんげん)((おお)山阿(やまあ)(あ)()(ふ)()(り)神社(じんじゃ))へ参拝(さんぱい)すること。江戸時代(えどじだい)隆盛(りゅうせい)し、歌舞伎(かぶき)外題(げだい)落語(らくご)にも(おお)(のこ)され往時(おうじ)人気(にんき)(たか)さがうかがえる。

名勝(めいしょう)八景(はっけい) 大山(おおやま)()()



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