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石造(せきぞう)物(ぶつ)

山田検校(やまだけんぎょう)顕彰碑(けんしょうひ)

山田検校顕彰碑

山田検校(やまだけんぎょう)顕彰碑(けんしょうひ)検校顕彰碑

 

年代(ねんだい)

大正(たいしょう)6年(ねん)(1917)

所在地(しょざいち)

江島神社(えのしまじんじゃ)〔奥津(おくつ)宮(みや)あたり〕

解説(かいせつ)

大正(たいしょう) 6 年(ねん)(1917)に筝
(そう)
曲(きょく)山田流(やまだりゅう)の流(りゅう)祖(そ)山田検校(やまだけんぎょう)(1757~1817)を顕彰(けんしょう)して座像(ざぞう)と顕彰碑(けんしょうひ)が建(た)てられました。碑(ひ)の文言(もんごん)は幸田(こうだ)成行(しげゆき)(露伴(ろはん))の撰(せん)です。山田検校(やまだけんぎょう)は宝暦(ほうれき) 7 年(ねん)(1757)江戸(えど)に尾張藩(おわりはん)宝生流(ほうしょうりゅう)能楽師(のうがくし)三田(みた)了(りょう)任(にん)の子(こ)として生(う)まれました。名前(なまえ)は勝善(かつよし)です。幼(おさな)くして目(め)が不自由(ふじゆう)になりますが、山田(やまだ)松黒(しょうこく)に生田流(いくたりゅう)の筝(こと)を学(まな)び、後年(こうねん)に山田流(やまだりゅう)を興(おこ)しました。浄瑠璃(じょうるり)の旋律(せんりつ)を取(と)り入(い)れて人気(にんき)を呼(よ)び、多(おお)くの門弟(もんてい)を持(も)ち、その功績(こうせき)で検校(けんぎょう)を授(さず)けらています。代表作(だいひょうさく)の一(ひと)つ「江(え)の島(しま)曲(きょく)」は、江(え)の島(しま)に滞在(たいざい)して作(つく)ったと伝(つた)わります。

 

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