Fujisawa Net Museum



石造(せきぞう)物(ぶつ)

力石(ちからいし)

力石

力石(ちからいし)

 

年代(ねんだい)

江戸時代(えどじだい)

所在地(しょざいち)

江島神社(えのしまじんじゃ)〔奥津宮(おくつみや)あたり〕

解説(かいせつ)

日本一(にっぽんいち)の力持(ちからも)ちと呼(よ)ばれた「三ノ宮卯之助(さんのみやうのすけ)」が奉納(ほうのう)したもので、「奉納(ほうのう)岩(いわ)槻(つき)卯之助(うのすけ)持(じ)之(の)八(はち)拾(じつ)貫(かん)」と刻(きざ)まれていて、弁財天(べんざいてん)の祭礼(さいれい)に詣(もう)でた人々(ひとびと)の前(まえ)で力(ちから)競技(きょうぎ)を行(おこな)った時(とき)のものとされています。卯之助(うのすけ)は文化(ぶんか) 4 年(ねん)(1807)に岩槻藩(いわつきはん)(埼玉県越谷市(さいたまけんこしがやし))の三野宮(さんのみや)に生(う)まれ、力(ちから)を見(み)せ物(もの)に諸国(しょこく)を興行(こうぎょう)し、天保(てんぽう) 4 年(ねん)(1833)には 11 代(だい)将軍(しょうぐん)家斉(いえなり)の前(まえ)で芸(げい)を披露(ひろう)してもいます。自分(じぶん)の名(な)を刻(きざ)んだ力石(ちからいし)を各地(かくち)に残(のこ)していますが、 江(え)の島(しま)のほか、鎌倉(かまくら)鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)・川崎大師(かわさきだいし)、江戸(えど)の富岡(とみおか)八幡(はちまん)(江東区(かんどんく))、出身地(しゅっしんち)越谷(こしがや)の三野宮(さんのみや)香取神社(かとりじんじゃ)など、遠(とお)くは長野県(ながのけん)の諏訪大社(すわたいしゃ)、大阪府(おおさかふ)の大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)でも確認(かくにん)されています。

 

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