Fujisawa Net Museum



石造(せきぞう)物(ぶつ)

猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)供養(くよう)塔(とう)

猿田彦大神供養塔

猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)供養(くよう)塔(とう)

 

年代(ねんだい)

天保(てんぽう)3年(ねん)(1832)

所在地(しょざいち)

江島神社〔辺津宮あたり〕

解説(かいせつ)

天保(てんぽう) 3 年(ねん)( 1832 )のものです。猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)はニニギノ尊(みこと)が天(あま)降(くだ)った時(とき)の道案内(みちあんない)人(にん)であることから道祖神(どうそじん)として、芸能(げいのう)・舞踊(ぶよう)の祖神(そしん)アメノウズメミコトと夫婦(ふうふ)になったことから芸能(げいのう)神(しん)として信仰(しんこう)されています。また、庚申信仰(こうしんしんこう)では、人(ひと)の悪事(あくじ)を天(てん)に伝(つた)える三(さん)尸(し)の虫(むし)を退治(たいじ)する神(かみ)とされていますが、これは庚申(こうしん)の「申(さる)」が猿田彦神(さるたひこのかみ)と結(むす)びついたといわれています。碑文(ひぶん)は藤沢宿(ふじさわしゅく)の儒者(じゅしゃ)であり書家(しょか)である阿部(あべ)石(せき)年(ねん)の作(さく)で、石(せき)年(ねん)の墓(はか)は鵠沼(くげぬま)の万福寺(まんぷくじ)にあります。

 

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