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石造(せきぞう)物(ぶつ)

間宮(まみや)霞(か)軒(けん)の句碑(くひ)

間宮霞軒の句碑

間宮(まみや)霞(か)軒(けん)の句碑(くひ)

 

年代(ねんだい)

昭和(しょうわ)33年(ねん)(1958)

所在地(しょざいち)

江島神社(えのしまじんじゃ)〔中津宮(なかつみや)あたり〕

解説(かいせつ)

霞(か)軒(けん)は岩本院(いわもといん)の出身(しゅっしん)で永野(ながの)泉山(せんざん)の門下(もんか)です。江島神社(えのしまじんじゃ)奉納(ほうのう)句会(くかい)を主催(しゅさい)するなど江(え)の島(しま)俳壇(はいだん)の隆盛(りゅうせい)に貢献(こうけん)し、初代(しょだい)の江(え)の島(しま)郵便局(ゆうびんきょく)長(ちょう)も務(つと)めました。この句碑(くひ)は、昭和(しょうわ) 33 年(ねん)( 1958 )、81 歳(さい)の時(とき)に日本画家(にほんがか)でもある飯田(いいだ)九一(くいつ)や大磯(おおいそ)鴫立庵(しぎたつあん)の 18 世(せい)鈴木(すずき)芳(ほう)如
(じょ)
、江島神社(えのしまじんじゃ)宮司(ぐうじ)相原(あいはら)直(なお)八郎(はちろう)ら俳人(はいじん)有志(ゆうし)が建(た)てました。筆跡(ひっせき)は自筆(じひつ)で「さし潮(しお)の 香(こう)を抱(いだ)く 島(しま)の霞(かすみ)かな」とあります。

 

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