Fujisawa Net Museum



石造(せきぞう)物(ぶつ)

芭蕉(ばしょう)の句碑(くひ)

芭蕉の句碑

芭蕉(ばしょう)の句碑(くひ)

 

年代(ねんだい)

寛政(かんせい)9年(ねん)(1797)

所在地(しょざいち)

稚児(ちご)ヶ淵(ふち) 江(え)の島(しま)2-6-22

解説(かいせつ)

「疑(うたぐ)ふな 潮(しお)の花(はな)も 浦(うら)の春(はる)」とあります。元禄(げんろく) 2 年(ねん)(1689)春(はる)の作(さく)で、芭蕉(ばしょう)(1644~1694)が伊勢(いせ)の二見ヶ浦(ふたみがうら)の図(ず)を見(み)て詠(よ)んだものです。寛政(かんせい) 9 年(ねん)(1797)に建(た)てられたもので、施主(せしゅ)は京都(きょうと)の俳人(はいじん)組合(くみあい)、江(え)の島(しま)をはじめ片瀬(かたせ)・鎌倉(かまくら)などの俳人(はいじん)が補助(ほじょ)しました。この句(く)が江(え)の島(しま)の風情(ふぜい)に似合(にあ)うことから選(えら)ばれて造立(ぞうりゅう)されました。台座(だいざ)に「潮(ちょう)墳(ふん)」とあり、潮(ちょう)墳(ふん)の碑(ひ)と呼(よ)ばれています。筆跡(ひっせき)は柏(はく)園(えん)丈(じょう)水(すい)(~1808)で、寛政(かんせい)期(き)における江(え)の島(しま)俳壇(はいだん)の指導者(しどうしゃ)です。

 

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