Fujisawa Net Museum



石造(せきぞう)(ぶつ)

服部南郭(はっとりなんかく)詩碑(しひ)

服部南郭の詩碑

服部南郭(はっとりなんかく)詩碑(しひ)

 

年代(ねんだい)

文化(ぶんか)2(ねん)(1805)

所在地(しょざいち)

稚児(ちご)(ふち) ()(しま)2-6-22

解説(かいせつ)

服部南郭(はっとりなんかく)(1683~1759)は儒学者(じゅがくしゃ)漢詩(かんし)(じん)通称(つうしょう)小右衛門(こうえもん)()(げん)(きょう)(あざな)()(せん)です。京都(きょうと)()まれ、江戸(えど)()て、 16 (さい)柳沢吉保(やなぎさわよしやす)(つか)え、(のち)荻生徂徠(おぎゅうそらい)門下(もんか)となり、徂徠(そらい)門弟(もんてい)として、経学(けいがく)太宰春台(だざいしゅんだい)(たい)詩文(しぶん)南郭(なんかく)(なら)(しょう)されました。 34 (さい)(とき)柳沢(やぎさわ)()()し、現在(げんざい)渋谷区(しぶやく)(ひがし)南郭(なんかく)(ざか)別邸(べってい)(じゅく)(ひら)きました。この()()(しま)()て、稚児(ちご)(ふち)岩壁(いわかべ)(なみ)(くだ)()るさまを吟詠(ぎんえい)したものです。詩碑(しひ)南郭(なんかく)(ぼつ)()文化(ぶんか) 2 (ねん)(1805)に同志(どうし)らが建立(こんりゅう)しました。

 

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