Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

旧(きゅう)江島(えじま)寺(でら)梵鐘(ぼんしょう)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

平成(へいせい)10年(ねん)(1998)2月(がつ)12日(にち)指定(してい)/総高(そうだか)100.5㎝、口径(こうけい)54.0㎝/銘文(めいぶん)によると、元々(もともと)この梵鐘(ぼんしょう)は江(え)の島(しま)に所在(しょざい)した金亀山江島寺(きんきざんえじまでら)の鐘(かね)として寛永(かんえい)6年(ねん)(1629)に鋳造(ちゅうぞう)されました。追銘(ついめい)から、明和(めいわ)8年(ねん)(1771)に江島寺(えしまでら)の鐘(かね)が再鋳(さいちゅう)された際(さい)、この寛永(かんえい)の鐘(かね)を石井平七(いしいへいしち)が買(か)い取(と)り、慈眼寺(じがんじ)に施入(せにゅう)したことがわかります。作者(さくしゃ)の酒巻庄五郎定勝は相模国外(さがみのくにがい)の鋳物師(いもじ)と思(おも)われます。元和(がんな)(1615)以降(いこう)に鋳造(ちゅうぞう)された梵鐘(ぼんしょう)は、ほとんどが太平洋戦争中(たいへいようせんそうちゅう)に軍事目的(ぐんじもくてき)から金属資源(きんぞくしげん)として回収(かいしゅう)されたため、現存(げんそん)するものが少(すく)なく、中世(ちゅうせい)の作例(さくれい)に劣(おと)らず貴重(きちょう)なものです。所有管理者(しょゆうかんりしゃ):慈眼寺(じがんじ)

サイズさいず

総高(そうこう)100.5㎝、口径(こうけい)54.0㎝

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 市(し) 市(し)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)(工芸(こうげい)品(ひん))

資料番号しりょうばんごう

90035

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