Fujisawa Net Museum

資料詳細

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資料名しりょうめい

木造(もくぞう)薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 鎌倉(かまくら)

解説かいせつ

昭和(しょうわ)2年(ねん)(1927)4月(がつ)25日(にち)指定(してい)/像高(ぞうこう)90.5cm、檜材寄木造(ひのきざいよせぎづくり)、漆箔(しっぱく)、玉眼(ぎょくがん)/養命寺(ようめいじ)の本尊(ほんぞん)です。男性的(だんせいてき)な面貌(めんぼう)、堂々(どうどう)とした体躯(たいく)、切(き)れのよい衣文彫出(えもんほりだし)など、鎌倉初期(かまくらしょき)関東彫刻(かんとうちょうこく)に深(ふか)く根(ね)ざした運慶様(うんけいよう)を受容(じゅよう)したきわめて貴重(きちょう)な像(ぞう)です。玉眼(ぎょくがん)の使用(しよう)も東国(とうごく)では早期(そうき)の作例(さくれい)の一(ひと)つです。胎内(たいない)に建久(けんきゅう)8年(ねん)(1197)の墨書銘(ぼくしょめい)があり、造立(ぞうりゅう)ないし供養(くよう)の年(とし)と考(かんが)えられています。養命寺(ようめいじ)は16世紀(せいき)の創建(そうけん)と伝(つた)え、14世紀(せいき)の大庭(おおば)に薬師堂(やくしどう)のあったことが知(し)られているので、元(もと)はその本尊(ほんぞん)であった可能性(かのうせい)が高(たか)いものです。大正(たいしょう)の関東大地震(かんとうだいじしん)で罹災(りさい)し、昭和(しょうわ)3年(ねん)に修復(しゅうふく)され、また平成(へいせい)28年度(ねんど)に再度(さいど)修復(しゅうふく)が行(おこな)われました。※12年(ねん)に一度(いちど)、寅年(とらどし)の開帳(かいちょう)。所有管理者(しょゆうかんりしゃ):養命寺(ようめいじ)(現在(げんざい)は鎌倉国宝館(かまくらこくほうかん)に寄託中(きたくちゅう))

サイズさいず

像高(ぞうこう)90.5cm

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 国(くに)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)(彫刻(ちょうこく))

資料番号しりょうばんごう

90020

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