Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

江之島(えのしま)金亀(きんき)山(ざん)三宮(さんぐう)細見(さいけん)之(の)図(ず)

作者さくしゃ

作者不詳(さくしゃふしょう) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

本図(ほんず)は江(え)の島(しま)の島内(とうない)全体(ぜんたい)を詳細(しょうさい)に描(えが)いた絵図(えず)です。江(え)の島(しま)の北側(きたがわ)から描(えが)いていますが、本来(ほんらい)なら画(が)中(ちゅう)に見(み)えない位置(いち)にある南側(みなみがわ)の岩屋(いわや)なども描(えが)かれ、江の島(えのしま)全体(ぜんたい)が画(が)中(ちゅう)に全(すべ)ておさまっています。 金亀(きんき)山(ざん)とは江(え)の島(しま)の別名(べつめい)です。本宮(ほんぐう)の別当(べっとう)であった岩本院(いわもといん)は慶安(けいあん)2年(ねん)(1649)に京都(きょうと)の真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)仁和寺(にんなじ)の直(じき)末寺(まつじ)となり「金亀(きんき)山與(ざんよ)願(がん)寺(じ)」の寺号(じごう)を称(しょう)しました。江(え)の島(しま)は初期(しょき)の浮世絵(うきよえ)では霊亀(れいき)の背中(せなか)に存在(そんざい)するともいわれる蓬莱山(ほうらいさん)のイメージを仮託(かたく)されていることが多(おお)く、また実際(じっさい)の島(しま)の形(かたち)が亀(かめ)に似(に)ているともいわれているため、江(え)の島(しま)は亀(かめ)のイメージが定着(ていちゃく)していたようです。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ) 風景画(ふうけいが) 初期(しょき)風景画(ふうけいが)

資料番号しりょうばんごう


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