Fujisawa Net Museum

資料詳細

一覧へ戻る

資料名しりょうめい

時宗(じしゅう)板碑(いたび) 2基(き)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 南北朝(なんぼくちょう)

解説かいせつ

昭和(しょうわ)41年(ねん)(1966)1月(がつ)17日(にち)指定(してい)/総高(そうこう)112.0㎝の延文元年(えんぶんがんねん)(1356)12月(がつ)3日(にち)銘(めい)と、下部欠損(かぶけっそん)の永和(えいわ)3年(ねん)(1377)10月(がつ)17日(にち)銘(めい)の、2基(き)の板碑(いたび)です。板碑(いたび)とは鎌倉時代(かまくらじだい)から戦国時代(せんごくじだい)に至(いた)る約(やく)400年間(ねんかん)に流行(りゅうこう)した卒塔婆(そとば)の一種(いっしゅ)で、2基(き)はいずれも緑泥片岩製(りょくでいへんがんせい)の武蔵型板碑(むさしがたいたび)です。時宗(じしゅう)の板碑(いたび)には「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の名号(みょうごう)を刻(きざ)みつけたものが多(おお)く、楷書体(かいしょたい)のものと行(ぎょう)・草書体(そうしょたい)の2系統(けいとう)がみられ、この2基(き)は楷書体(かいしょたい)で刻(きざ)まれています。2基(にき)とも南北朝時代(なんぼくちょうじだい)のもので、江戸末期(えどまっき)に時宗総本山(じしゅうそうほんざん)清浄光寺(しょうじょうこうじ)(遊行寺(ゆぎょうじ))北方(ほっぽう)の畑(はたけ)から発掘(はっくつ)されました。所有管理者(しょゆうかんりしゃ):長生院(ちょうしょういん)

サイズさいず

総高(そうこう)112.0㎝

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 市(し) 市(し)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)(建造物(けんぞうぶつ))

資料番号しりょうばんごう

90002

Page Top