Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

武勇(ぶゆう)高名(こうみょう)組討(くみうち)撰(せん) 股野(またの)五郎(ごろう)景久(かげひさ) 真田(さなだ)与一(よいち)義忠(よしただ)

作者さくしゃ

歌川芳艶(うたがわよしつや) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

石橋(いしばし)山(やま)合戦(かっせん)は、平安時代(へいあんじだい)末期(まっき)の治(じ)承(しょう)4年(ねん)(1180)に源頼朝(みなもとのよりとも)と大庭景親(おおばかげちか)ら平家(へいけ)の一族(いちぞく)との間(あいだ)で行(おこな)われた戦(たたか)いです。組討(くみうち)ちとは、戦場(せんじょう)で敵(てき)将(しょう)を組(く)み伏(ふ)せてその首(くび)を取(と)ることで、「武勇(ぶゆう)高名(こうみょう)組討(くみうち)撰(せん)」は中世(ちゅうせい)の合戦(かっせん)の物語(ものがたり)の中(なか)で高名(こうみょう)な「組討(くみうち)」シーンを描(えが)いたシリーズです。画面(がめん)左(ひだり)が頼朝(よりとも)方(かた)の真田(さなだ)義忠(よしただ)、右(みぎ)が平家(へいけ)方(かた)の俣野(またの)景久(かげひさ)です。戦(たたか)いは一度(いちど)義忠(よしただ)の有利(ゆうり)に働(はたら)きましたが、景久(かげひさ)の加勢(かせい)にかけつけた長尾(ながお)新五(しんご)とその弟(おとうと)の新(しん)六(ろく)の手(て)により討(う)たれてしまいました。登場(とうじょう)する武将(ぶしょう)たちの名前(なまえ)は本拠(ほんきょ)とした地名(ちめい)になっており、真田(さなだ)は平塚市内(ひらつかしない)、俣野(またの)は横浜市戸塚区(よこはましとつかく)・藤沢市(ふじさわし)辺(あたり)、長尾(ながお)は横浜市栄区(よこはましさかえく)辺(あたり)にあります。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう


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