Fujisawa Net Museum

資料詳細

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資料名しりょうめい

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ) 由井(ゆい)

作者さくしゃ

二代(にだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重宣(しげのぶ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

興津(おきつ)宿(やど)と由井(ゆい)宿(やど)の間(あいだ)にそびえる薩(さつ)埵(た)峠(とうげ)を、興津(おきつ)側(がわ)から見(み)た景色(けしき)を描(えが)いています。この薩(さっ)埵(た)峠(とうげ)から見(み)る富士山(ふじさん)は絶景(ぜっけい)として知(し)られていました。後景(こうけい)に広(ひろ)がる空(そら)は朝焼(あさや)けの相(そう)をなし、山道(さんどう)を登(のぼ)った先(さき)には素晴(すば)らしい絶景(ぜっけい)がみられるであろうことが想像(そうぞう)されます。
元々(もともと)は東海道(とうかいどう)は崖(がけ)下(した)の海沿(うみぞ)いを通(とお)っていましたが、荒波(あらなみ)が打(う)ち付(つ)け「親知(おやし)らず子知(こし)らず」と例(たと)えられるほど危険(きけん)な道(みち)でした。富士山(ふじさん)の絶景(ぜっけい)がみられる山道(さんどう)は新(あたら)しく作(つく)られた道(みち)です。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう


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