Fujisawa Net Museum

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表題(ひょうだい)(うたげ)は、建久(けんきゅう)4(ねん)(1193)に頼朝(よりとも)(おこな)った富士(ふじ)巻狩(まきが)りにあたっての(いわ)いの(うたげ)巻狩(まきが)りを(まえ)血気(けっき)にはやる曽我(そが)五郎(ごろう)時宗(ときむね)左手(ひだりて)障子(しょうじ)手前(てまえ))と、右手(みぎて)(すわ)十郎(じゅうろう)祐成(すけなり)とを対照(たいしょう)(てき)(えが)いています。中央(ちゅうおう)手前(てまえ)(すわ)るのが、和田義盛(わだよしもり)()小林(こばやし)朝比奈義秀(あさひなよしひで)義秀(よしひで)(ひだり)には、大磯(おおいそ)(くるわ)遊女(ゆうじょ)化粧坂(けはいざか)少将(しょうしょう)(みぎ)には(どう)じく遊女(ゆうじょ)(じゅう)(ろう)祐成(すけなり)(そばめ)虎御前(とらごぜん)(えが)かれています。

和田義盛(わだよしもり)一門(いちもん)(きゅう)(じゅう)(さん)()大磯(おおいそ)におゐて三日(みっか)()夜宴(やうたげ)(もよお)(おり)から小林(こばやし)朝比奈義秀(あさひなよしひで)曽我(そがの)五郎(ごろう)時宗(ときむね)血気(けっき)にはやるを(とめ)(たがい)力量(りきりょう)をあらはす()

川名(かわな)新林(しんばやし)横穴墓群(おうけつぼぐん)は、JR東海道線(とうかいどうせん)藤沢駅(ふじさわえき)南東(なんとう)(やく)1kmの地点(ちてん)通称(つうしょう)片瀬山(かたせやま)北端(ほくたん)()位置(いち)しています。
 丘陵(きゅうりょう)頂部(ちょうぶ)標高(ひょうこう)(やく)40mを(はか)り、この丘陵(きゅうりょう)斜面(しゃめん)に3(だん)にわたって、古墳時代(こふんじだい)横穴墓(おうけつぼ)分布(ぶんぷ)していました。
 小学校(しょうがっこう)建設(けんせつ)落石(らくせき)防護(ぼうご)工事(こうじ)にともない数次(すうじ)発掘調査(はっくつちょうさ)(おこな)われ、横穴墓(おうけつぼ)(ない)からは、土師器(はじき)須恵器(すえき)などの土器(どき)とともに、金属(きんぞく)製品(せいひん)青銅(せいどう)製品(せいひん)(てつ)製品(せいひん))が確認(かくにん)されています。
なお(みぎ)西(にし)斜面(しゃめん)2(ごう)()から出土(しゅつど)した金銅装単鳳環頭大刀(こんどうそうたんほうかんとうたち)現在(げんざい)藤沢市(ふじさわし)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)となっています。

川名新林左横穴墓群全景

川名(かわな)新林(しんばやし)横穴墓群(おうけつぼぐん)



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