Fujisawa Net Museum

資料詳細

一覧へ戻る

資料名しりょうめい

尾日向(おびなた)家(け)住宅(じゅうたく)洋館(ようかん)・和(わ)館(かん)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 昭和(しょうわ)

解説かいせつ

平成(へいせい)30年(ねん)(2018)3月(がつ)27日(にち)登録(とうろく)/実業家(じつぎょうか)・尾日向竹重(おびなたたけしげ)の邸宅(ていたく)。尾日向竹重(おびなたたけしげ)は昭和15年(しょうわじゅうごねん)に三ツ輪産業株式会社(みつわさんぎょうかぶしきがいしゃ)を創立(そうりつ)し、商工省物価諮問委員(しょうこうしょうぶっかしもんいいん)・石油審議会専門委員(せきゆしんぎかいせんもんいいん)・日本煉炭工業会会長(にほんれんたんこうぎょうかいかいちょう)等(とう)を歴任(れきにん)しました。洋館(ようかん)・和館(わかん)ともに昭和(しょうわ)3年頃(ねんごろ)の建築(けんちく)で、建設当時(けんせつとうじ)の土地(とち)の所有者(しょゆうしゃ)、現建物(げんたてもの)の建築主(けんちくぬし)については別(べつ)の人物(じんぶつ)でしたが、その後(のち)、複数(ふくすう)の所有者(しょゆうしゃ)を経(へ)て、昭和(しょうわ)23年(ねん)に尾日向家(おびなたけ)が住(す)み始(はじ)めました。             鵠沼(くげぬま)は明治時代以降(めいじじだいいこう)、別荘地(べっそうち)として開発(かいはつ)された地域(ちいき)で、その中(なか)でも尾日向家住宅(おびなたけじゅうたく)は最初期(さいしょき)からの別荘地域(べっそうちいき)に所在(しょざい)しています。洋館(ようかん)と和館(わかん)を併置(へいち)し、フランス瓦葺(かわらぶき)の規模(きぼ)の大(おお)きい洋館(ようかん)が道路(どうろ)に面(めん)して建(た)つ様相(ようそう)は、震災後(しんさいご)の鵠沼(くげぬま)の別荘地(べっそうち)としての景観(けいかん)を現在(げんざい)に極(きわ)めてよく伝(つた)えています。尾日向家住宅(おびなたけじゅうたく)は洋館(ようかん)と和館(わかん)が別棟(べっとう)になっておらず、連続(れんぞく)した一体(いったい)の構成(こうせい)となっているのが大(おお)きな特徴(とくちょう)。生活(せいかつ)の主体(しゅたい)は洋館(ようかん)にあり、和館(わかん)は接客部分(せっきゃくぶぶん)になっています。構造(こうぞう)・形式(けいしき):木造平屋(もくぞうひらや)一部(いちぶ)2階建(かいだて) 瓦葺(かわらぶき)。建設(けんせつ)の年代(ねんだい):昭和(しょうわ)3年頃建築(ねんごろけんちく)、昭和(しょうわ)40年(ねん)・同(どう)60年(ねん)増築(ぞうちく)。建築面積(けんちくめんせき):224㎡。所有者(しょゆうしゃ):個人(こじん)。

サイズさいず

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 国(くに) 国(くに)登録有形文化財(とうろくゆうけいぶんかざい)

資料番号しりょうばんごう

90129

Page Top