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東海道中栗毛彌次馬 鞠子
東海道中栗毛彌次馬 鞠子

資料名しりょうめい

東海道(とうかいどう)中(ちゅう)栗毛(くりげ)彌次馬(やじうま) 鞠子(まりこ)

作者さくしゃ

落合芳幾(おちあいよしいく) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

旅先(たびさき)で出会(であ)った笠(かさ)をかぶった六十六部(ろくじゅうろくぶ)(行脚(あんぎゃ)僧(そう))をはさんで、弥次喜多(やじきた)が見得(みえ)を切(き)って、ふざけています。
弥(や)次(じ)さんは歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)の真似(まね)をして「なりたやならぬ、とちめんや(弥(や)次(じ)さんの屋号(やごう))」と名乗(なの)りを上(あ)げています。とちめんとは、トチの実(み)の粉(こな)を小麦粉(こむぎこ)や蕎麦粉(そばこ)とまぜて、うどんのようにして食(た)べた麺(めん)のことです。すぐに硬(かた)くなるため、急(いそ)いで処理(しょり)する必要(ひつよう)があり、栃麺棒(とちめんぼう)を忙(いそが)しく振(ふ)るっている様(さま)が大騒(おおさわ)ぎしているように見(み)えることから、落(お)ち着(つ)きのない慌(あわ)て者(しゃ)を「栃麺棒(とちめんぼう)」にたとえていました。そのため、たえず大騒(おおさわ)ぎしている弥(や)次(じ)さんは「栃(とち)面屋(おもや)」という号(ごう)になっています。

製作時期(せいさくじき):万延元年(まんえん)(1860)。
板元(はんもと):當世屋(とうせいや)(品川屋久助(しながわやきゅうすけ))

このシリーズは大(だい)ヒットした十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』を摸(も)して作(つく)られています。各宿(かくやど)には弥次(やじ)さん、北(きた)さんが登場(とうじょう)し、芳幾(よしいく)が二人(ふたり)のくりひろげる道中(どうちゅう)模様(もよう)をユーモラスに描(えが)き、魯文(ろぶん)が各宿(かくやど)のテーマとなる文章(ぶんしょう)、狂歌一句(きょうかいっく)と二人(ふたり)の会話(かいわ)をおもしろおかしく記(しる)しています。

サイズさいず

中判横(ちゅうばんよこ)1枚(まい)縦(たて)18.4 横(よこ)25.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10662

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