Fujisawa Net Museum

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元禄(げんろく)11(ねん)(1698)に出版(しゅっぱん)された版本(はんぽん)です、江戸(えど)後期(こうき)の「七福神(しちふくじん)」の選定(せんてい)(かん)する内容(ないよう)()かれています。摩訶(まか)阿頼耶(あらや)によると「七福神(しちふくじん)」のメンバーは以下(いか)となります。 1) 吉祥天(きっしょうてん) 2) 弁財天(べんざいてん) 3) 多聞天(たもんてん)(おう)毘沙門(びしゃもん)) 4) 大黒天(だいこくてん)(じん) 5) 布袋(ほてい)和尚(おしょう) 6) 南極(なんきょく)老人(ろうじん) 7) 蛭子(えびす)三郎(さぶろう) (かく)(ちゅう)についての記述(きじゅつ)にはそれぞれが(まつ)られている神社(じんじゃ)(れい)弁財天(べんざいてん)場合(ばあい)は「江州(えしゅう)竹生島(ちくぶじま)」や「相州(そうしゅう)江島(えのしま)」と()かれている)やその(ほか)()()通称(つうしょう)、また(ほか)七福神(しちふくじん)との関係性(かんけいせい)(れい)蛭子(えびす)三郎(さぶろう)大黒(だいこく)(しん)場合(ばあい)「二福神(ふくじん)」の信仰(しんこう)対象(たいしょう)として人気(にんき)(はく)した過去(かこ)など)も()べています。

日本(にほん)七福神(しちふくじん)(でん)

江戸(えど)地誌(ちし)名所(めいしょ)について(しる)された(ぜん)20(かん)からなる地誌(ちし)です。 斎藤家(さいとうけ)徳川(とくがわ)家康(いえやす)江戸(えど)入府(にゅうふ)天正(てんしょう)18(ねん)(1590(ねん)以前(いぜん)からの名主(なぬし)であり、草創(そうそう)()(ぬし)として有名(ゆうめい)家柄(いえがら)でした。祖父(そふ)斎藤(さいとう)長秋(ちょうしゅう)幸雄(ゆきお))の(だい)から東都(とうと)名所図会(めいしょずえ)として編纂(へんさん)(はじ)まり、(ちち)(かん)(さい)幸孝(ゆきたか))、そして月岑(げっしん)幸成(ゆきなり))の三世代(せだい)()()ぎながら編纂(へんさん)発行(はっこう)しました。江戸(えど)名所図会(めいしょずえ)刊行(かんこう)()書名(しょめい)です。武蔵(むさし)江戸(えど)から相模(さがみ)下総(しもうさ)一部(いちぶ)までの地名(ちめい)由来(ゆらい)寺社(じしゃ)旧跡(きゅうせき)故事(こじ)などについて(しる)しており、当時(とうじ)から名著(めいちょ)としてしられ、現代(げんだい)でも江戸時代(えどじだい)景観(けいかん)風俗(ふうぞく)研究(けんきゅう)する(うえ)では()かせない一級(いっきゅう)資料(しりょう)です。 また月岑(げっしん)は、大田(おおた)南畝(なんぼ)編纂(へんさん)したと(つた)わる浮世絵師(うきよえし)記録(きろく)()浮世絵(うきよえ)(るい)(こう)」の増補(ぞうほ)編纂(へんさん)したことでも()られています。 挿絵(さしえ)長谷川雪旦(はせがわせったん)俯瞰(ふかん)(てき)描写(びょうしゃ)得意(とくい)とした絵師(えし)で、唐津(からつ)(はん)現在(げんざい)佐賀県(さがけん)一部(いちぶ))、尾張(おわり)(はん)現在(げんざい)愛知県(あいちけん)一部(いちぶ))の御用(ごよう)絵師(えし)でもありました。月岑(げっしん)雪旦(せったん)のコンビは(おな)じく江戸(えど)年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)(しる)した「東都(とうと)歳時記(さいじき)」も刊行(かんこう)しています。

東都(とうと)名所図会(めいしょずえ)江戸(えど)名所図会(めいしょずえ)

制作(せいさく)時期(じき):文化(ぶんか)6(1809)(ねん)
板元(はんもと):森屋治兵衛(もりやじへえ)

歌麿(うたまろ)天明(てんめい)7(ねん)(1787(ねん))(ころ)には上野(うえの)忍岡(しのぶがおか)御数寄屋町(おすきやまち)()み、のち板元(はんもと)蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)(かた)寄宿(きしゅく)しています。その援助(えんじょ)()独特(どくとく)美人画(びじんが)制作(せいさく)しています。(とく)寛政(かんせい)3(ねん)(ごろ)より美人(びじん)大首絵(おおくびえ)という女性(じょせい)上半身(じょうはんしん)(えが)いた作品(さくひん)評判(ひょうばん)となります。
この作品(さくひん)()(しま)(えが)いたという判然(はんぜん)とした確証(かくしょう)はありませんが、(みぎ)の1(まい)開帳(かいちょう)文字(もじ)(はい)った提灯(ちょうちん)があり、()(しま)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせています。この()主題(しゅだい)美人画(びじんが)ですが、()どもの(およ)ぐさまを見物(けんぶつ)している体裁(ていさい)()っています。

喜多川歌麿 無題(江の島弁財天開帳)

題名(だいめい)不詳(ふしょう)()(しま)弁財天(べんざいてん)開帳(かいちょう)

(じゅう)()(まい)(そろい)最後(さいご)作品(さくひん)で、機織(はたお)り(はたおり)の様子(ようす)(えが)かれています。織機(しょっき)(すわ)(かみ)(くだ)した女性(じょせい)が、手足(てあし)使(つか)って(きぬ)()っており、右手(みぎて)には()(ひ)を()にしています。
本作(ほんさく)()(まい)(つづき)作品(さくひん)のうちの(いち)(まい)で、もう(いち)(まい)には養蚕(ようさん)日本(にっぽん)(ふる)くから(むす)びついていたとする歴史(れきし)について(しる)されています。
上部(じょうぶ)詞書(ことばがき)
(かいこ)(かみ)(まつ)(こと)ハむかし 軻遇突智(かぐつち)(かぐつち)埴山(はにやま)(ひめ)(はにやまひめ)に()いて (わか)(むす)()(わかむすび)を(うみ) (この)(かみ)(あたま)(かいこ)(くわ)となれり (ゆえ)日本(にっぽん)にてハ(わか)(むす)()(まつ)るへきものか 人皇(じんこう)()(じゅう)()(だい) 雄略天皇(ゆうりゃくてんのう) () ()(きさき) みつから養蚕(ようさん)(たま)唐土(とうど)にてハ黄帝(こうてい)(きさき) 西(にし)(あや)()(はじめ)とする(なり)

(じょ)(しょく)(かいこ)手業(てわざ)(ぐさ) 十二(じゅうに)

女性(じょせい)たちが(かいこ)(いと)(つむ)いで(きぬ)製造(せいぞう)する「養蚕(ようさん)(ようさん)」の仕事(しごと)(はげ)様子(ようす)(えが)いた作品(さくひん)で、実際(じっさい)には(いち)から十二(じゅうに)まであるシリーズ作品(さくひん)となっています。また、(おも)(むらさき)(いろ)(ばん)使用(しよう)した「(むらさき)()(むらさきえ)」と()ばれる色調(しきちょう)作品(さくひん)です。
この工程(こうてい)は「(いと)綿(わた)(いとわた)を(えら)(えら)み()(わ)くる()」となっており、(まゆ)から()()した(いと)を、その(いろ)(しら)さや品質(ひんしつ)などに()ける作業(さぎょう)様子(ようす)(えが)かれます。
寛政(かんせい)年間(ねんかん)(おこな)われた錦絵(にしきえ)出版(しゅっぱん)()()まりにも関連(かんれん)して、歌麿(うたまろ)はこの時期(じき)(はたら)女性(じょせい)題材(だいざい)とした作品(さくひん)(おお)(えが)いています。
上部(じょうぶ)詞書(ことばがき)より)
(いと)綿(わた)(えら)(わく)() (まゆはり) (まゆはり)より(いと)をおろし (いろ)(しろ)くいさぎよきを細糸(ほそいと)のまゆとし (いろ)(くろ)きを(あら)糸乃(いとの)まゆとす 真綿(まわた)(ひい)ても上中(じょうちゅう)()をゑらみ(わか)(かたち)(つく)りて(たば)綿(わた)(いく)ばく()とするなり」

(じょ)(しょく)(かいこ)手業(てわざ)(ぐさ) (じゅう)

制作(せいさく)時期(じき):享和(きょうわ)年間(ねんかん)(1801~04)(ころ)
板元(はんもと):(つる)(しん)

この作品(さくひん)は1(がつ)から12(がつ)までの12(まい)(そろい)制作(せいさく)されたもののうちの1(まい)で、表題(ひょうだい)はすべて(おな)じです。12(まい)全部(ぜんぶ)確認(かくにん)されず、現在(げんざい)わかっているものは、「陬月(すうげつ)正月(しょうがつ)〕)の大神楽(おおかぐら)」「睦月(むつき)(むつき〔正月(しょうがつ)〕)の女郎買(じょろかい)」「皐月(さつき)(〔5(がつ)〕)の(さかな)(うり)」「水無月(みなづき)(〔6(がつ)〕)の(みず)(うり)」「初秋(しょしゅう)多満(たま)(さい)」「名月(めいげつ)遊興(ゆうきょう)」「霜月(しもつき)(〔11(がつ)〕)の神詣(かみもうで)」「玄英(げんえい) ((ふゆ)別名(べつめい))の雑司(ぞうし)(がや)」の9(てん)です。
この作品(さくひん)商家(しょうか)女房(にょうぼう)(とも)若者(わかもの)()れて()(しま)(もうで)()かける姿(すがた)(えが)いたもので、菅笠(すげがさ)をかぶり(くろ)(えり)のコートを()手甲(てっこう)をした女房(にょうぼう)天秤(てんびん)荷物(にもつ)()()けて(かた)にかけた従者(じゅうしゃ)姿(すがた)は、当時(とうじ)近場(ちかば)(たび)典型(てんけい)(てき)なスタイルです。この作品(さくひん)()所有(しょゆう)されているところは(すく)なく、多少(たしょう)補色(ほしょく)した部分(ぶぶん)()うけられますが、貴重(きちょう)資料(しりょう)であるといえます。

喜多川歌麿 風流四季の遊 弥生の江之島詣

風流(ふりゅう)四季(しき)(あそび) 弥生(やよい)江之島(えのしま)(もうで)



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