Fujisawa Net Museum

資料詳細

一覧へ戻る
東海道中栗毛彌次馬 興津
東海道中栗毛彌次馬 興津

資料名しりょうめい

東海道(とうかいどう)中(ちゅう)栗毛(くりげ)彌次馬(やじうま) 興津(おきつ)

作者さくしゃ

落合芳幾(おちあいよしいく) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

弥次喜多(やじきた)が肩車(かたぐるま)をされて興津川(おきつがわ)を渡(わた)っています。川(かわ)は江戸幕府(えどばくふ)が防衛(ぼうえい)のために橋(はし)を架(か)けることを禁(きん)じていたため、人足(にんそく)と呼(よ)ばれる人(ひと)の助(たす)けを借(か)りて渡(わた)りました。画(が)中左(ちゅうひだり)の人足(にんそく)に乗(の)っているのが弥(や)次(じ)さんです。渋(しぶ)い顔(かお)をして、人足(にんそく)と何(なに)かを言(い)いあいをしているようです。どうやら、弥(や)次(じ)さんの大事(だいじ)な所(ところ)に人足(にんそく)の背中(せなか)が当(あ)たり、痛(いた)くてしょうがないというところです。

製作時期(せいさくじき):万延元年(まんえん)(1860)。
板元(はんもと):當世屋(とうせいや)(品川屋久助(しながわやきゅうすけ))

このシリーズは大(だい)ヒットした十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』を摸(も)して作(つく)られています。各宿(かくやど)には弥次(やじ)さん、北(きた)さんが登場(とうじょう)し、芳幾(よしいく)が二人(ふたり)のくりひろげる道中(どうちゅう)模様(もよう)をユーモラスに描(えが)き、魯文(ろぶん)が各宿(かくやど)のテーマとなる文章(ぶんしょう)、狂歌一句(きょうかいっく)と二人(ふたり)の会話(かいわ)をおもしろおかしく記(しる)しています。

サイズさいず

中判横(ちゅうばんよこ)1枚(まい)縦(たて)18.4 横(よこ)25.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10659

Page Top