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東海道中栗毛彌次馬 沼津
東海道中栗毛彌次馬 沼津

資料名しりょうめい

東海道(とうかいどう)中(ちゅう)栗毛(くりげ)彌次馬(やじうま) 沼津(ぬまづ)

作者さくしゃ

落合芳幾(おちあいよしいく) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

中国(ちゅうごく)の故事(こじ)「司馬(しば)温(おん)公(こう)の瓶(かめ)割(わ)り」の話(はなし)を出(だ)して、窯(かま)の中(なか)を覗(のぞ)いた喜多(きた)さん。「司馬(しば)温(おん)公(こう)の瓶(かめ)割(わ)り」とは、司馬(しば)温(おん)公(こう)が子(こ)どもの頃(ころ)、高価(こうか)でとても大(おお)きい水瓶(みずがめ)のあたりで友達(ともだち)と遊(あそ)んでいたところ高価(こうか)で大(おお)きな水瓶(みずがめ)の中(なか)に友達(ともだち)が落(お)ちてしまいます。父親(ちちおや)に叱(しか)られることを覚悟(かくご)で瓶(びん)を壊(こわ)し友達(ともだち)を助(たす)けました。そんな温(おん)公(こう)に対(たい)し父親(ちちおや)は命(いのち)を助(たす)けたことを褒(ほ)めたという逸話(いつわ)です。窯(かま)の中(なか)に入(はい)ってしまった喜多(きた)さんでしたが、烏帽子(えぼし)をかぶった男(おとこ)にこの窯(かま)は源頼朝(みなもとのよりとも)に縁(えん)がある大事(だいじ)な窯(かま)だぞと温(おん)公(こう)とは逆(ぎゃく)に叱(しか)られてしまいます。

製作時期(せいさくじき):万延元年(まんえん)(1860)。
板元(はんもと):當世屋(とうせいや)(品川屋久助(しながわやきゅうすけ))

このシリーズは大(だい)ヒットした十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』を摸(も)して作(つく)られています。各宿(かくやど)には弥次(やじ)さん、北(きた)さんが登場(とうじょう)し、芳幾(よしいく)が二人(ふたり)のくりひろげる道中(どうちゅう)模様(もよう)をユーモラスに描(えが)き、魯文(ろぶん)が各宿(かくやど)のテーマとなる文章(ぶんしょう)、狂歌一句(きょうかいっく)と二人(ふたり)の会話(かいわ)をおもしろおかしく記(しる)しています。

サイズさいず

中判横(ちゅうばんよこ)1枚(まい)縦(たて)18.4 横(よこ)25.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10654

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