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東海名所 改正道中記 五十二 坂の下
東海名所 改正道中記 五十二 坂の下

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 五十二(ごじゅうに) 筆(ふで)すて山(やま) 坂(さか)の下(した) 関(せき)迄(まで)一(いち)り半(はん)

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治(めいじ)前期(ぜんき)の東海道(とうかいどう)各(かく)宿駅(しゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治(めいじ)初期(しょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学(かがく)顔料(がんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

筆(ふで)捨(すて)山(やま)(岩根(いわね)山(やま))は、素晴(すば)らしい絶景(ぜっけい)に、狩野(かのう)元信(もとのぶ)(法眼(ほうげん))が描(えが)けなくて筆(ふで)を捨(す)てたという逸話(いつわ)のある山(やま)です。法眼(ほうげん)とは、出家(しゅっけ)した絵師(えし)に与(あた)えられた位(くらい)のことです。捨(す)てられたその筆(ふで)を拾(ひろ)って本図(ほんず)を描(えが)いたのは、ただの絵師(えし)であるという詞書(ことばが)きが添(そ)えられています。 茶屋(ぢゃや)の縁台(えんだい)に座(すわ)って、絶景(ぜっけい)を眺(なが)めて一服(いっぷく)している旅人(たびと)たちが描(えが)かれています。縁台(えんだい)にはさりげなく、洋傘(ようがさ)が立(た)てかけられていています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい)縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10573

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