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東海名所 改正道中記 四十五 宮
東海名所 改正道中記 四十五 宮

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)() 熱田(あつた)(はま) (よん)(じゅう)() (みや) 桑名(くわな)(まで)海上(かいじょう)(しち)りのわたし

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)重政(しげまさ)詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8(ねん)
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

三代広重(さんだいひろしげ)(えが)くこのシリーズは、明治(めいじ)前期(ぜんき)東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)風景(ふうけい)(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)(はい)使用(しよう)される)で(えが)かれています。

(みや)桑名(くわな)は、「七里(しちり)(わた)し」と()ばれる海上(かいじょう)交通(こうつう)()(むす)ばれおり、東海道(とうかいどう)(たび)する人々(ひとびと)伊勢神宮(いせじんぐう)熱田神宮(あつたじんぐう)への参詣(さんけい)(きゃく)(にぎ)わっていました。中央(ちゅうおう)(えが)かれているのは、熱田(あつた)(みなと)常夜(じょうや)(とう)です。夜間(やかん)()()(ふね)(ため)に、寛永(かんえい)2(ねん)(1625)に()てられ、承応(じょうおう)3(ねん)(1654)に須賀(すが)(うら)から宮宿(みやじゅく)移設(いせつ)されたものです。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1(まい)(たて)34.6 (よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10566

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