Fujisawa Net Museum

資料詳細

一覧へ戻る
東海名所 改正道中記 四十二 岡崎
東海名所 改正道中記 四十二 岡崎

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 四(よん)十二(じゅうに) 岡崎(おかざき) 矢(や)はぎ橋(ばし)

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

矢作橋(やはぎばし)は東海道一(とうかいどういち)の長(なが)さを誇(ほこ)り、名所(めいしょ)としても知(し)られていました。
幕末(ばくまつ)の安政(あんせい)2年(ねん)(1855)の大洪水(だいこうずい)により橋(はし)が流(なが)され、明治(めいじ)4年(ねん)(1871)の仮橋(かりばし)の架橋(かきょう)まで橋(はし)は架(か)けられていませんでした。

画(え)に描(えが)かれているのは、その仮橋(かりばし)でしょうか。人力車(じんりきしゃ)や洋装(ようそう)の人々(ひとびと)が行(い)きかっています。また、橋(はし)のたもとでは、洗濯(せんたく)をする女性(じょせい)や、水(みず)を汲(く)みに来(き)た男性(だんせい)の姿(すがた)も描(えが)かれています。

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治(めいじ)前期(ぜんき)の東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい) 縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10563

Page Top