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東海名所 改正道中記 三十八 豊橋
東海名所 改正道中記 三十八 豊橋

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 三(さん)十(じゅう)八(はち) 豊橋(とよはし) 豊川(とよかわ)の大(おお)はし

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

豊川橋(とよがわはし)とは、吉田大橋(よしだおおはし)のことで東海道(とうかいどう)の三大橋(さんおおはし)にあげられます。
吉田宿(よしだしゅく)は城下町(じょうかまち)として非常(ひじょう)に栄(さか)えましたが、明治(めいじ)2(1869)年(ねん)に豊橋(とよはし)と改称(かいしょう)しました。

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治(めいじ)前期(ぜんき)の東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

豊川(とよかわ)橋(ばし)は、吉田(よしだ)宿(やど)にあった吉田(よしだ)大橋(おおはし)のことで、東海道(とうかいどう)の名所(めいしょ)のひとつでした。吉田(よしだ)宿(しゅく)は城下町(じょうかまち)として栄(さか)えていましたが、明治(めいじ)2年(ねん)(1869)に豊橋(とよはし)と改称(かいしょう)しました。 初代(しょだい)広重(ひろしげ)の「五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 三十五 吉田(よしだ) 豊川(とよかわ)大(おお)はし」(通称(つうしょう):竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))と同(おな)じ構図(こうず)ですが、三代(さんだい)広重(ひろしげ)の作品(さくひん)では洋装(ようそう)の人々(ひとびと)や人力車(じんりきしゃ)が橋(はし)を渡(わた)る様子(ようす)が描(えが)かれており、時代(じだい)の変化(へんか)を感(かん)じさせます。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい)縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10559

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