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東海名所 改正道中記 三十三 堀とめのわたし
東海名所 改正道中記 三十三 堀とめのわたし

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 三十三(さんじゅうさん) 堀(ほり)とめのわたし 通船(つうせん)立場(たてば)

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

明治(めいじ)4(1871)年(ねん)に開通(かいつう)した堀留運河(ほりどめうんが)の東側(ひがしがわ)の乗降場(じょうこうじょう)の場面(ばめん)を描(えが)いています。
堀留運河(ほりどめうんが)は、浜松(はままつ)から舞坂(まいさか)・荒井(あらい)・白須賀(しらすか)を通(とお)らずに、浜名湖(はまなこ)西岸(せいがん)の新所(しんじょ)まで通行(つうこう)でき、新(あたら)しい航路(こうろ)として非常(ひじょう)に賑(にぎ)わいました。

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治(めいじ)前期(ぜんき)の東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい) 縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10553

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