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東海名所 改正道中記 六 程ヶ谷
東海名所 改正道中記 六 程ヶ谷

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 六(ろく) 境木(さかいぎ)の立場(たてば) 程ヶ(ほどが)谷(や) 戸塚(とつか)迄(まで)二(に)り九(きゅう)丁(ちょう)

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

権太坂(ごんたざか)を登(のぼ)った先(さき)の境木(さかいぎ)の景色(けしき)が描(えが)かれています。立場(たてば)とは、宿場(しゅくば)と宿場(しゅくば)の間(あいだ)に設(もう)けられた休憩所(きゅうけいしょ)のことです。
この辺(あた)りが武蔵国(むさしのくに)(保土ヶ谷宿(ほどがやしゅく))と相模国(さがみのくに)(戸塚宿(とつかしゅく))の境(さかい)となっていました。難所(なんしょ)の坂(さか)を登(のぼ)った先(さき)にある茶屋(ちゃや)では、ぼた餅(もち)が名物(めいぶつ)で、眺望(ちょうぼう)もよく、後景(こうけい)には鎌倉山(かまくらやま)(かまくらやま)が見(み)えます。

画面中央(がめんちゅうおう)の自然(しぜん)の立(た)ち木(き)を利用(りよう)して、電信線(でんしんせん)が架設(かせつ)されています。また、画面手前(がめんてまえ)から続(つづ)く坂道(さかみち)には、揃(そろ)いの傘(かさ)と半纏(はんてん)を身(み)に着(つ)け、御神酒枠(おみきわく)を担(かつ)いだ大山詣(おおやまもうで)の一行(いっこう)が描(えが)かれています。
人力車(じんりきしゃ)や電信線(でんしんせん)など明治(めいじ)になって新(あたら)しく取(と)り入(い)れられた文化(ぶんか)と、江戸時代(えどじだい)より変(か)わらず続(つづ)く大山詣(おおやまもうで)の景色(けしき)が描(えが)かれています。

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治前期(めいじぜんき)の東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい)縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10526

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