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東海名所 改正道中記 日本橋
東海名所 改正道中記 日本橋

資料名しりょうめい

東海(とうかい)名所(めいしょ) 改正(かいせい)道中(どうちゅう)記(き) 一(いち) 電信局(でんしんきょく) 日本橋(にほんばし) 新橋(しんばし)迄(まで)十六町(じゅうろくちょう)

作者さくしゃ

三代(さんだい) 歌川広重(うたがわひろしげ)(重政(しげまさ)) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):明治(めいじ)8年(ねん)。
板元(はんもと):山清(やませい)(山崎屋清七(やまざきやせいしち))

日本橋(にほんばし)を行(い)き来(き)する人物(じんぶつ)の多(おお)くは着物姿(きものすがた)ですが、洋風建築(ようふうけんちく)が建(た)ち並(なら)び、ガス灯(とう)や電信柱(でんしんばしら)が架設(かせつ)された町並(まちな)みを人力車(じんりきしゃ)や馬車(ばしゃ)が通行(つうこう)する景色(けしき)は、明(あき)らかに江戸時代(えどじだい)の景色(けしき)とは異(こと)なり、明治(めいじ)という新(あたら)しい時代(じだい)への移(うつ)り変(か)わりを感(かん)じます。
橋(はし)の上(うえ)は、徒歩(とほ)で通行(つうこう)するところと、人力車(じんりきしゃ)や馬車(ばしゃ)で通行(つうこう)するところに分(わ)かれています。 橋(はし)を渡(わた)ったところに続(つづ)く建物群(たてものぐん)の、一番(いちばん)手前(てまえ)の建物(たてもの)が電信局(でんしんきょく)です。
明治(めいじ)2年(ねん)(1869)、横浜(よこはま)と築地(つきじ)の間(あいだ)で日本(にほん)で初(はじ)めて電信(でんしん)の取扱(とりあつかい)が始(はじ)まり、明治(めいじ)5年(ねん)(1872)には日本橋(にほんばし)まで電信(でんしん)が延長(えんちょう)されました。

三代広重(さんだいひろしげ)描(えが)くこのシリーズは、明治前期(めいじぜんき)の東海道各宿駅(とうかいどうかくしゅくえき)の風景(ふうけい)が華(はな)やかな色彩(しきさい)(幕末(ばくまつ)から明治初期(めいじしょき)に海外(かいがい)からあざやかな科学顔料(かがくがんりょう)が入(はい)り使用(しよう)される)で描(えが)かれています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい) 縦(たて)34.6 横(よこ)22.9

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10521

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