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五十三次名所図会 四十六 庄野(竪絵東海道)
五十三次名所図会 四十六 庄野(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 四(よん)十六(じゅうろく) 庄野(しょうの) 白鳥(しらとり)塚(づか)古跡(こせき)(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):安政(あんせい)2年(ねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

松並木(まつなみき)の街道(かいどう)の風景(ふうけい)と、長持(ながもち)を担(かつ)ぐ人足(にんそく)が描(えが)かれています。 長持(ながもち)には扇(おうぎ)や傘(かさ)や御幣(ごへい)などが取(と)り付(つ)けられていることから祝い事(いわいごと)の荷物(にもつ)と考(かんが)えられます。
表題(ひょうだい)にある「白鳥塚(しらとりづか)」とは白鳥塚陵(しらとりづかりょう)のことで、日本武尊(やまとたけるのみこと)の墓(はか)と言い伝(いいつた)えられているところです。
死後(しご)に墓(はか)から白鳥(はくちょう)となって飛(と)び立(た)ったという伝説(でんせつ)にちなんで白鳥塚(しらとりづか)と呼(よ)ばれています。

このシリーズが竪型版(たてがたばん)であるため、一般(いっぱん)に竪絵東海道(たてえとうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59才(ごじゅうきゅうさい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪型物(たてがたもの)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横判(よこばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい) 縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10307

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