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五十三次名所図会 四十五 石薬師(竪絵東海道)
五十三次名所図会 四十五 石薬師(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 四(よん)十(じゅう)五(ご) 石薬師(いしやくし) 義経(よしつね)さくら範頼(のりより)の祠(ほこら)(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):安政(あんせい)2年(ねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

源義経(みなもとのよしつね)の異母弟(いぼてい)である範頼(のりより)は、平氏追討(へいしついとう)の際(さい)に先勝祈願(せんしょうきがん)のため桜(さくら)の枝(えだ)を逆(さか)さに地面(じめん)にさしたところ、それが芽(め)を出(だ)し立派(りっぱ)な桜(さくら)の木(き)になったという伝承(でんしょう)があります。
この桜(さくら)は範頼(のりより)にゆかりのあるものですが、いつしか「義経桜(よしつねざくら)」とも呼(よ)ばれるようになりました。
また、「石薬師(いしやくし)の蒲桜(かばざくら)」とも呼(よ)ばれ、現在(げんざい)でも花(はな)を咲(さ)かせているようです。 フィンセント・ファン・ゴッホの「タンギー爺(じい)さん」の背景(はいけい)には、いくつか浮世絵(うきよえ)が模写(もしゃ)されていますが、この画(え)はそのうちの一(ひと)つにあげられています。

このシリーズが竪型版(たてがたばん)であるため、一般(いっぱん)に竪絵東海道(たてえとうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59才(さい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪型物(たてがたもの)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横判(よこばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい)縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10306

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