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五十三次名所図会 四十 池鯉鮒(竪絵東海道)
五十三次名所図会 四十 池鯉鮒(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 四十(よんじゅう) 池鯉鮒(ちりゅう) 八(や)つ橋(はし)むら杜若(かきつばた)の古(こ)せき(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):安政(あんせい)2年(あんせいにねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

平安時代(へいあんじだい)に成立(せいりつ)した歌物語(うたものがたり)「伊勢物語(いせものがたり)」に、貴族(きぞく)の男性(だんせい)が、この八橋(やつはし)の地(ち)で美(うつく)しく咲(さ)く杜若(かきつばた)を見(み)て、都(みやこ)に残(のこ)してきた人(じん)を思(おも)って涙(なみだ)するという場面(ばめん)が登場(とうじょう)します。
八橋(やつはし)は、池鯉鮒(ちりょう)と岡崎(おかざき)の間(あいだ)にあり、東海道(とうかいどう)から外(はず)れた箇所(かしょ)にあたりますが、古跡(こせき)をもとめて旅人(たびびと)が多(おお)く訪(おとず)れたといいます。

画(え)をみてもわかるように、江戸時代(えどじだい)にはすでに杜若(かきつばた)の咲(さ)く地(ち)ではなく、あたりには田畑(たはた)がひろがり、古跡(こせき)を示(しめ)す石柱(せきちゅう)が建(た)つのみであったようです。

このシリーズが竪型版(たてがたばん)であるため、一般(いっぱん)に竪絵東海道(たてえとうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59才(ごじゅうきゅうさい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪型物(たてがたもの)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横判(よこばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判縦(おおばんたて)1枚(まい) 縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10301

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