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五十三次名所図会 卅九 岡崎(竪絵東海道)
五十三次名所図会 卅九 岡崎(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 三(さん)十九(じゅうく) 岡崎(おかざき) 矢(や)はき川(かわ)やはきのはし(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作時期(せいさくじき):安政(あんせい)2年(ねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

矢作川(やはぎがわ)に架(か)かる矢作橋(やはぎばし)は東海道(とうかいどう)一(いち)の長(なが)さを誇(ほこ)る橋(はし)でした。橋(はし)の上(うえ)には、槍持(やりもち)を従(したが)えた武士(ぶし)の一行(いっこう)の姿(すがた)が見(み)えます。矢作橋(やはぎばし)が続(つづ)く画面(がめん)奥(おく)の高台(たかだい)には、徳川家康(とくがわいえやす)の出生地(しゅっせいち)とされる岡崎城(おかざきじょう)が見(み)えます。川(かわ)には、木材(もくざい)を筏状(いかだじょう)に組(く)んで運(はこ)ぶ様子(ようす)も描(えが)かれています。

この画(え)では、橋(はし)の長(なが)さを強調(きょうちょう)するのではなく、川岸(かわぎし)から橋(はし)を見上(みあ)げる構図(こうず)で描(えが)き、橋(はし)の橋脚(きょうきゃく)の大(おお)きさでもって東海道(とうかいどう)一(いち)という橋(はし)の長(なが)さを思(おも)わせる斬新(ざんしん)な手法(しゅほう)といえます。

このシリーズが竪型版(たてがたばん)であるため、一般(いっぱん)に竪絵東海道(たてえとうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59才(さい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪型物(たてがたもの)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横判(よこばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判縦1枚(おおばんたて) 1枚(まい) 縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10300

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