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五十三次名所図会 卅六 御油(竪絵東海道)
五十三次名所図会 卅六 御油(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 三(さん)十六(じゅうろく) 御油(ごゆ) 本野(ほんの)か原本(はらほん)坂(さか)ごへ(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作(せいさく)時期(じき):安政(あんせい)2年(ねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

御油(ごゆ)は、本坂(ほんさか)道(みち)(別名(べつめい)、姫街道(ひめかいどう))の追分(おいわけ)でもありました。浜名湖(はまなこ)を舟(ふね)で渡(わた)らずに、北側(きたがわ)の陸路(りくろ)を通(とお)る道(みち)です。
本(ほん)坂道(さかみち)の御油(ごゆ)ちかくの一帯(いったい)は本野ケ原(ほんのがはら)と呼(よ)ばれる平原(へいげん)が広(ひろ)がっており、鎌倉時代(かまくらじだい)の歴史書(れきししょ)『吾妻(あづま)鑑(あきら)』にもその名(な)がみえる地名(ちめい)です。
画(が)中(ちゅう)に点在(てんざい)して見(み)える柳(やなぎ)は、北条泰時(ほうじょうやすとき)が道標(どうひょう)として植(う)えたものと伝(つた)わっています。

 このシリーズが竪(たて)型(がた)版(ばん)であるため、一般(いっぱん)に竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59 才(さい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪(たて)型(がた)物(ぶつ)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横(よこ)判(ばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判(おおばん)縦(たて)1枚(まい) 縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10297

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