Fujisawa Net Museum

資料詳細

一覧へ戻る
五十三次名所図会 廿六 日坂(竪絵東海道)
五十三次名所図会 廿六 日坂(竪絵東海道)

資料名しりょうめい

五十三次(ごじゅうさんつぎ)名所図会(めいしょずえ) 二(に)十六(じゅうろく) 日坂(にっさか) 小夜(さよ)の中山(なかやま)無(む)間山(けんやま)遠望(えんぼう)(竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう))

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

製作(せいさく)時期(じき):安政(あんせい)2年(ねん)(1855)。
板元(はんもと):蔦屋吉蔵(つたやきちぞう)

日坂宿(にっさかしゅく)の東(ひがし)に位置(いち)する小夜(さよ)の中山(なかやま)峠(とうげ)という坂道(さかみち)には、「夜啼(よなき)石(せき)」とよばれる街道(かいどう)の名物(めいぶつ)がありました。

画面(がめん)手前(てまえ)から右側(みぎがわ)に伸(の)びる山道(さんどう)の奥(おく)に、ポツンと描(えが)かれた丸(まる)い石(いし)がそれです。旅人(たびびと)たちが取(と)り囲(かこ)んで見物(けんぶつ)している様子(ようす)もみえます。
夜啼(よなき)石(せき)には、山賊(さんぞく)に殺(ころ)されてしまった母親(ははおや)の霊(れい)が石(いし)に移(うつ)り、毎晩(まいばん)泣(な)き声(ごえ)を上(あ)げたという伝説(でんせつ)があります。

 このシリーズが竪(たて)型(がた)版(ばん)であるため、一般(いっぱん)に竪(たて)絵(え)東海道(とうかいどう)と呼(よ)ばれ、広重(ひろしげ)晩年(ばんねん)(59 才(さい))の作品(さくひん)です。
広重(ひろしげ)の東海道(とうかいどう)ものは大体(だいたい)において、横型(よこがた)の風景画(ふうけいが)が多(おお)いなかで、竪(たて)型(がた)物(ぶつ)もいくつかあります。この名所図会(めいしょずえ)シリーズではほとんどの宿(やど)が鳥瞰図(ちょうかんず)で描(えが)かれ、町並(まちな)み等(とう)に遠近法(えんきんほう)を用(もち)い、横(よこ)判(ばん)では見(み)られない雰囲気(ふんいき)をかもし出(だ)しています。

サイズさいず

大判(おおばん)縦(たて)1枚(まい) 縦(たて)35.3 横(よこ)24.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10287

Page Top