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東海道五十三対 大磯
東海道五十三対 大磯

資料名しりょうめい

東海道五十三対(とうかいどうごじゅうさんつい) 大磯(おおいそ)

作者さくしゃ

歌川国芳(うたがわくによし) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 天保(てんぽう)

解説かいせつ

製作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)1414年(ねん)(1843)~弘化(こうか)4年(ねん)(1847)。
板元(はんもと):海老屋林之助(えびやりんのすけ)

詞書(ことばがき)には『曽我(そが)兄弟(きょうだい)の仇討(あだう)ち』の兄(あに)、曽我(そが)十郎(じゅうろう)祐成(すけなり)と、恋仲(こいなか)であった大磯(おおいそ)の遊女(ゆうじょ)虎御前(とらごぜん)との関係(かんけい)について書(か)かれています。
虎御前(とらごぜん)は仇討(あだう)ちの際(さい)に亡(な)くなった十郎(じゅうろう)の供養(くよう)を行(おこな)うため19歳(さい)で出家(しゅっけ)し、その後(ご)諸国(しょこく)を巡(めぐ)ったのち、71歳(さい)の時(とき)に熊野(くまの)(日本(にっぽん)の聖地(せいち)のひとつ)で亡(な)くなったと伝(つた)えられています。

絵(え)には柳(やなぎ)の木(こ)の下(した)で待(ま)っていた十郎(じゅうろう)に、虎御前(とらごぜん)が後(うし)ろから声(こえ)を掛(か)けている様子(ようす)が描(えが)かれています。
本作(ほんさく)は東海道(とうかいどう)もの浮世絵(うきよえ)の一(ひと)つですが、宿場(しゅくば)の風景(ふうけい)を描(えが)いたものではなく、各(かく)東海道(とうかいどう)の宿場(しゅくば)に伝(つた)わる説話(せつわ)や、歌舞伎(かぶき)・浄瑠璃(じょうるり)(江戸時代(えどじだい)より流行(りゅうこう)した人形劇(にんぎょうげき))を元(もと)にした内容(ないよう)が上部(じょうぶ)の詞書(ことばがき)に書(か)かれ、それに関連(かんれん)した絵図(えず)が下部(かぶ)に描(えが)かれた作品(さくひん)となっています。広重(ひろしげ)、国芳(くによし)、国貞(くにさだ)(三代(さんだい)豊国(とよくに))という当時(とうじ)の歌川派(うたがわは)の人気(にんき)絵師(えし)3人(にん)による共筆(きょうひつ)の揃(そろい)物(ぶつ)(シリーズもの)である点(てん)が珍(めずら)しく、版元(はんもと)も6人(にん)からの共同出版(きょうどうしゅっぱん)となっています。
(本展(ほんてん)では広重(ひろしげ)と国芳(くによし)の作品(さくひん)を出品(しゅっぴん))


このシリーズは、初代(しょだい)広重(ひろしげ)、三代(さんだい)豊国(とよくに)、国芳(くによし)の3人(にん)の当時(とうじ)代表的(だいひょうてき)人気(にんき)浮世絵師(うきよえし)が分担(ぶんたん)して描(えが)いたものです。
風景(ふうけい)は少(すく)なく人物(じんぶつ)を主(おも)とし、下(した)3分(さんぶん)の2が画面(がめん)で、それぞれの宿(やど)にちなんだ伝説(でんせつ)、史跡(しせき)、著名(ちょめい)な出来事(できごと)等(など)を描(えが)き、上(うえ)3分(さんぶん)の1に下(した)の絵(え)の説明(せつめい)がなされています。

サイズさいず

大判(おおばん)縦(たて)1枚(まい) 縦(たて)36.6 横(よこ)25.0

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10100

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