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藤沢宿 平塚へ三里半
藤沢宿 平塚へ三里半

資料名しりょうめい

藤沢(ふじさわ) 平塚(ひらつか)へ三里(さんり)半(はん)

作者さくしゃ

葛飾北斎(かつしかほくさい) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 文化(ぶんか)

解説かいせつ

製作(せいさく)時期(じき):享和(きょうわ)4年(ねん)(=文化(ぶんか)元年(がんねん),1804)。
板元(はんもと)印(しるし)なし

北斎(ほくさい)の東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんつぎ)シリーズは大判(おおばん)のものは皆無(かいむ)で、大半(たいはん)は小判(しょうばん)横(よこ)ですが、景観(けいかん)描写(びょうしゃ)に主眼(しゅがん)を置(お)いた初代(しょだい)広重(ひろしげ)の作品(さくひん)に対(たい)し、旅(たび)や各(かく)宿駅(しゅくえき)の風俗(ふうぞく)が主眼(しゅがん)となっていて、独特(どくとく)の味(あじ)わいを感(かん)じさせます。

板行(はんこう)当初(とうしょ)は狂歌(きょうか)グループによって出板(しゅっぱん)された『春興(しゅんきょう)五十三駄(ごじゅうさんだ)之(の)内(うち)』と題(だい)した摺物(すりもの)で、右側(みぎがわ)に狂歌(きょうか)が刷(す)られていました。画面(がめん)は江(え)の島(しま)詣(もうで)の女性(じょせい)2人(ふたり)と従者(じゅうしゃ)が、ちょうど藤沢宿(ふじさわしゅく)にあった一(いち)ノ鳥居(とりい)をくぐったところです。

標柱(ひょうちゅう)に「これよりゑのしま道(みち)」「享和(きょうわ)四(よん)甲子(きのえね)年(ねん)正月(しょうがつ)吉日(きちじつ) 藤沢宿(ふじさわしゅく)」とあって、この年号(ねんごう)からこのシリーズの制作(せいさく)年代(ねんだい)が判明(はんめい)しています。

サイズさいず

小判(しょうばん)横(よこ)1枚(まい) 縦(たて)12.3 横(よこ)17.2

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10087

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