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歌川広重 東海道之内江之嶋路七里ヶ浜江ノ嶋遠望
歌川広重 東海道之内江之嶋路七里ヶ浜江ノ嶋遠望

資料名しりょうめい

東海道(とうかいどう)之(の)内江(うちえ)之(の)嶋路(しまじ)七里ヶ浜(しちりがはま)江(え)ノ嶋(しま)遠望(えんぼう)

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど)

解説かいせつ

制作(せいさく)時期(じき):天保(てんぽう)5年(ねん)(1834)頃(ころ)。
板元(はんもと)印(しるし)なし

「東海道(とうかいどう)之(の)内江(うちえ)ノ嶋路(しまじ)片瀬(かたせ)自(じ)七(しち)面(めん)山見(ざんみ)浜辺(はまべ)」とともに、東海道(とうかいどう)の脇(わき)路(みち)を描(えが)こうとしたものですが、脇(わき)路(みち)ということで発売(はつばい)しても人気(にんき)が薄(うす)かったのでしょうか、他(ほか)の図(ず)は出版(しゅっぱん)されていません。しかし他(た)の版下(はんした)が残(のこ)っていて新(あら)たに復刻(ふっこく)されています。これらの図(ず)には他(ほか)に例(れい)を見(み)ない脇(わき)路(ろ)を、画題(がだい)としてとり上(あ)げた広重(ひろしげ)の意欲(いよく)といったものが感(かん)じられます。
この作品(さくひん)のもっている空間(くうかん)の広(ひろ)がりは、他(ほか)の七里ガ浜(しちりがはま)を描(えが)いた浮世絵(うきよえ)よりも、また洋風(ようふう)表現(ひょうげん)によって描(えが)いたものをはるかに超越(ちょうえつ)しています。ここには富士山(ふじさん)も描(えが)かれておらず、江(え)の島(しま)も点景(てんけい)として存在(そんざい)するだけで、画題(がだい)のとおり七里ガ浜(しちりがはま)が中心(ちゅうしん)となっています。

サイズさいず

大判(おおばん)横(よこ)1枚(まい) 縦(たて)22.5 横(よこ)35.1

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

10039

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