Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

奈智(なち)瀧(のたき)祈誓(ちかいの)文覚(もんがく)

作者さくしゃ

豊原国周(とよはらくにちか) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 明治(めいじ)

解説かいせつ

「奈智(なち)瀧(たき)祈誓(ちかいの)文覚(もんがく)」は九代目(きゅうだいめ)市川(いちかわ)団十郎(だんじゅうろう)によって明治(めいじ)22年(ねん)(1889)6月(がつ)に中村座(なかむらざ)で上演(じょうえん)されました。誤(あやま)って同僚(どうりょう)の妻(つま)を殺(ころ)してしまった遠藤(えんどう)盛遠(もりとお)が出家(しゅっけ)し文覚(もんがく)となり、厳寒(げんかん)の那智(なち)の滝(たき)で荒行(あらぎょう)を行(おこな)っていると、矜羯羅(こんがら)童子(どうじ)と制(せい)多伽(たか)童子(どうじ)を従(したが)えた不動明王(ふどうみょうおう)が現(あらわ)れます。演目(えんもく)では、団十郎(だんじゅうろう)演(えん)じる文覚(もんがく)が那智(なち)の滝壺(たきつぼ)に飛(と)び込(こ)み、早替(はやがわ)りで不動明王(ふどうみょうおう)になるという演出(えんしゅつ)を行(おこな)いました。九代目(きゅうだいめ)団十郎(だんじゅうろう)も成田山(なりたさん)信仰(しんこう)を受(う)け継(つ)ぎ、不動明王(ふどうみょうおう)を演(えん)じる際(さい)は成田山(なりたさん)新勝寺(しんしょうじ)へ参詣(さんけい)し自筆(じひつ)の不動明王(ふどうみょうおう)像(ぞう)を寄進(きしん)(お寺(てら)や神社(じんじゃ)に物(もの)や金銭(きんせん)を寄付(きふ)すること)していました。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう

61116

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