Fujisawa Net Museum

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資料名しりょうめい

風景(ふうけい)江(え)の嶋(しま)図会(ずえ) 従岩本院(じゅういわもといん)不二(ふじ)眺望(ちょうぼう)

作者さくしゃ

歌川広重(うたがわひろしげ) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 安政(あんせい)

解説かいせつ

安政(あんせい)元年(がんねん)(1854)
江(え)の島(しま)の老舗(しにせ)旅館(りょかん)である岩本院(いわもといん)(現在(げんざい)の岩本楼(いわもとろう))の高層(こうそう)階(かい)から女性(じょせい)が富士山(ふじさん)を眺(なが)めながらくつろぐ様子(ようす)が描(えが)かれています。
岩本院(いわもといん)は、元来(がんらい)江(え)の島(しま)の岩屋(いわや)本宮(ほんぐう)の別当寺(べつとうじ)であり、将軍(しょうぐん)や大名(だいみょう)の宿泊施設(しゅくはくしせつ)も兼(か)ねた場所(ばしょ)でした。江戸時代(えどじだい)には人気(にんき)旅館(りょかん)として多(おお)くの旅人(たびびと)が訪(おとず)れるようになりました。幕末(ばくまつ)に上演(じょうえん)された歌舞伎(かぶき)『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(通称(つうしょう)、白波(しらなみ)五(ご)人(にん)男(おとこ))の台詞(だいし)「岩本院(いわもといん)の稚児(ちご)あがり」から、弁天(べんてん)小僧(こぞう)の出身地(しゅっしんち)としても知(し)られるようになりました。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう


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