Fujisawa Net Museum

資料詳細

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資料名しりょうめい

建仁三年(けんにんさんねん)源頼朝卿(みなもとのよりともきょう)冨士之御狩(ふじのおんかり)の時(とき)仁田(にった)ノ四郎(しろう)忠常(ただつぐ)命(めい)に依(より)て人穴(ひとあな)入(はい)ル図(ず)

作者さくしゃ

歌川芳員(うたがわよしかず) 詳細

時代じだい

日本(にほん) 江戸(えど) 嘉永(かえい)

解説かいせつ

嘉永(かえい)6年(ねん)(1853)
二代将軍(にだいしょうぐん)となった源頼家(みなもとのよりいえ)も父(ちち)頼朝(よりとも)にならい、建仁(けんにん)3年(ねん)(1203)に富士(ふじ)の巻狩(まきがり)を行(おこな)いました(画(が)中(ちゅう)では「頼朝(よりとも)卿(きょう)」となっています)。この時(とき)の巻狩(まきがり)で、仁田四郎(にったのしろう)忠常(ただつね)は人穴(ひとあな)探索(たんさく)を命(めい)じられ、人穴(ひとあな)の中(なか)に入(はい)りました。本図(もとず)は、人穴(ひとあな)に入(はい)った仁田四郎(にったのしろう)の前(まえ)に、富士山(ふじさん)を御神体(ごしんたい)とする浅間神社(あさまじんじゃ)の主祭神(しゅさいしん)である木花開耶姫(このはなのさくやひめ)が現(あらわ)れたところを描(えが)いています。

サイズさいず

分類ぶんるい

浮世絵(うきよえ)

資料番号しりょうばんごう


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