Fujisawa Net Museum

資料詳細

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資料名しりょうめい

江ノ島(えのしま)

作者さくしゃ

時代じだい

日本(にほん) 不明(ふめい)

解説かいせつ

昭和(しょうわ)35年(ねん)(1960)10月4日(がつよっか)指定(してい)(それ以前(いぜん)は国指定(くにしてい))/周囲約(しゅういやく)4㎞、面積約(めんせき)0.37k㎡、標高約(ひょうこうやく)60.4㎞/江(え)の島(しま)は凝灰質砂岩(ぎょうかいしつさがん)から成(な)る陸(りく)けい島(とう)で、海蝕洞窟(かいしょくどうくつ)、奇岩(きがん)、奇嘴(きし)が島(しま)の裾(すそ)を巡(めぐ)っています。第三紀(だいさんき)(6千万(せんまん)-100万年前(まんねんまえ))中頃(なかごろ)から第四紀(だいよんき)沖積世(ちゅうせきせい)(1万年前(まんねんまえ))初(はじ)め頃(ごろ)までに沈下(ちんか)~隆起(りゅうき)~浸食(しんしょく)を繰(く)り返(かえ)し、片瀬丘陵(かたせきゅうりゅう)の南端(なんたん)が切(き)り離(はな)され形成(けいせい)されました。山上(さんじょう)に縄文早期(じょうもんそうき)の遺跡(いせき)が発見(はっけん)されていますが、主(おも)に記録(きろく)に現(あら)われるのは鎌倉時代(かまくらじだい)からです。寿永元年(じゅえいがんねん)(1182)源頼朝(みなもとのよりとも)が弁財天(べざいてん)を勧請(かんじょう)してから武士(ぶし)の信仰(しんこう)を集(あつ)め、江戸時代(えどじだい)には庶民(しょみん)の間(あいだ)にも弁才天(べざいてん)信仰(しんこう)が盛(さか)んとなり、江戸(えど)からの遊山(ゆさん)の地(ち)としても賑(にぎ)わいました。手(て)が届(とど)きそうな海上(かいじょう)にポッカリと浮(う)かぶ姿(すがた)は美(うつく)しく、伊豆大島(いずおおしま)・三浦(みうら)・房総半島(ぼうそうはんとう)・天城(あまぎ)・箱根(はこね)・富士山(ふじさん)を見渡(みわた)すことができます。

サイズさいず

分類ぶんるい

文化財(ぶんかざい) 県(けん) 県(けん)指定(してい)重要文化財(じゅうようぶんかざい)(史跡(しせき)名勝(めいしょう))

資料番号しりょうばんごう

90083

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